「貴方達が似ているのはそこなの」
「え…?」
「言葉は悪いけれど、自分を蔑ろにして、自分よりも他人優先で、人を庇ってばかりなのは、遼も同じだったって言ってるの」
一言一言区切って断固とした口調でナスティに指摘され、遼は大きく目を瞠った。
自分ではそんなふうに思ったことはない。それに、平和な世界を守るために、大切な人を守るために戦ったのは、五人全員同じだ。そしてできれば、誰も欠けることのないようにと願った。誰も喪いたくなかったから必死だった。だが、両の手で精一杯戦って、どんなに小さなものも取り零さぬよう掌を広げて掬い上げようとしても、それでも大事な幾つかのものは指の間から零れていってしまう。一つ、また一つと喪う物が増える中、全てを望んでも叶わないのだと悟ったけれど、できるだけのことをしたかった。
形振り構っていられなかったあの時、戦いを直に目にしたナスティからそう見えたならそうかもしれない。無意識のうちにそんな行動を取っていたのだろう、と自戒の念がこみ上げる。
だけど──自分は、当麻とは違う。絶対に。
首を横に振って、遼は否定した。
「…俺、自分のことどうでもいいなんて思ってないし、言ってない」
「それでも行動は当麻と変わらなかった。鎧擬亜の色が同じだったら、武器が同じだったら、見分けなんてつかなかったと思うわ。……でも、武器は好対照なのよね。弓を扱う当麻は戦いでは後方担当。後ろからは、きっと周りが良く見えたでしょうね。だから、仲間を庇うのも誰よりも早くできた」
ハッとした遼に構わず、ナスティは続けた。
「遼は最前線にいたでしょう? 武器は剣で接近戦、そして何より貴方は切り札である輝煌帝の鎧を纏える唯一の人ですもの。自分のカバーに回ってくれる当麻の傷つく姿をより多く見たのは、遼よね。二番目は同じく剣の使い手の征士かしら。──だけど、逆のことも言える。最前線で手負いのまま剣戟を繰り返す遼を一番多く目にしたのは、多分当麻だわ。それから、貴方一人を犠牲にして妖邪帝王・阿羅醐を倒すこと、あの辛い選択を強いたのは貴方で、その決断をいち早く下したのも、当麻。軍師という立場を誰より弁えていたのね、判断はほんの一瞬だった。…トルーパーで最も諦めが悪いのは自分だ、ってあの子は豪語していたのに」
遼は、何も言えなかった。
そうやって言葉にされると、その情景の凄惨さが際立つ。あの時の自分は、みんなに、当麻に、とんでもなくひどい事を要求したのだ。
「ねえ、遼。仲間を大事に思う気持ちも、辛かったのも、みんな同じよ。当麻ばかりを責めたら駄目。貴方も同じ辛さを当麻や他のみんなに味わわせたんだってこと、ちゃんと自覚しなさい」
鋭く切り込むナスティに、遼は目から鱗が落ちる思いだった。
自分だけが痛い思いをしたと、そう考えていたわけじゃなかった。みんなも同じなのだとわかっていたつもりだった。
なのに実際には、相手を責める自分がいる。当たり前のように己の体を盾にする当麻を思い出すと、遼は苛立って仕方がなかった。人の体を気遣う前に自分を顧みろと当麻に言ってやりたかった。
だけどそれではきっと駄目なのだ。自分の方こそ、まず相手の気持ちをもっと考えなくてはならなかった。
「ナスティ……」
伝えたいことを言い終えたナスティは、遼の瞳に理解の色を見つけるとパッと掴んでいた腕を離し、にっこりと満足そうに笑った。
「さ、柳生センセの悩み事相談室はこれにて終了よ。まーったく、喧嘩も程々にしないとね」
流し目で凄まれた遼は、上手い返事が思いつかず、ただ苦笑を浮かべた。
喧嘩はしたくないと思っていても、話しているうちに結局当麻は怒ってしまうし自分も苛々が止まらない。どうにかしたいが時間はかなり掛かりそうだ。
「そのうち派手なのやらかしても、誰も仲裁してくれなくなっちゃうんだから」
「……何で? それはちょっと、困るよ俺」
「そりゃあだって。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うじゃないの」
胸を反らせて得意げに言ったナスティだが、遼にはピンとこなかった。
男同士で夫婦も何もあったもんじゃないし、特別当麻と仲が良いというのでもないだろう。
不思議そうに首を傾げた遼を見て、ナスティは意味深長な笑みを零してから、さて、と仕切り直しをした。
再び遼の腕を取って、歩き出す。
「折角おやつを持って来たんだから、何処かこの近くで良い場所探しましょ。木陰がある方がいいわね。何処が良いかな〜」
無言の問いを見事に無視してキョロキョロと辺りを見回すナスティに引っ張られながら、改めて遼は訊ねた。
「なあ、何でそこで夫婦喧嘩って出てくるんだ? おかしくないか」
「だって貴方達、あれはノロケてるんでしょうが」
「はあ?」
「今日も貴方、当麻に叫んでたじゃない。『お前が心配で心配で仕方ないんだー』って」
そんな台詞と悪戯っぽい視線を、ナスティから貰う。だが、遼は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
一、二、三、四、五。
ナスティが内心五つ数えた頃、ようやく理解した遼は焦って反駁した。
「おっ、俺そんなこと言ってないっ」
「言ってるわよ。あのね遼、さっきも『当麻はいつも無茶ばっかりする』って怒ってたでしょう」
「そう! そう言ったんだよ俺はっ!」
「じゃ、当麻が無茶しなかったら安心よね?」
「え。うん、まあ」
「無茶するから心配なんでしょ」
「うんそう。……あ?」
「ほら、同じことじゃない。あんな剣幕でまくしたててるけど、遼の『無茶するな』は『心配だから』っていうのが省略されてるだけなのよね〜」
ナスティは含み笑いをし、面白そうに遼の顔を眺めた。
口八丁でまんまと言いくるめられた気がするが、認めたくないのに否定できる要素がない。
遼は口をへの時に曲げて、言い返せない悔しさと何とも言えない気恥ずかしさに、頬をほんのり紅潮させていた。
「遼ったら、やっと自覚してくれたの? 当麻も同じように主張してるでしょ。だから私達、あんまり横槍を入れなくなったのに」
「じ、自覚とか、そういう問題じゃないだろ。……待てよ、まさか他のみんなも、そんなこと思ってたっていうのか……?」
「半分はそう。あと半分は、ノロケてる自覚ないのかなあって。喧嘩の後、二人とも近頃は悲愴な顔をしてるし、どうも様子が変だから出歯亀しようかどうしようかと迷ってたの。でも──もう大丈夫ね」
悪びれずににっこりと微笑まれ、からかわれているのか本気なのかわからなくなった遼は、取りあえず真面目にこっくり頷いた。
さっき──悩み相談室だなんてナスティは最後に茶化したけれど、語る目つきは真剣だった。内容もそれは重くて、気遣った彼女が言葉を選んでくれただけで、軽々しいものでは決してなかった。
鎧擬亜を纏わない立場だったから知れた状況も、だからこそ察することのできただろう気持ちも、ナスティが教えてくれたことは全部忘れてはならないのだと遼は思う。
思い違いをしてはいけない。仲間を責めるのも自分の力不足に思い悩むことも、もう十分した。ならば後は、それらを踏まえた上で、他にできることを見つけて、前に進まなければ。
それに、ナスティは言わなかったが、戦いに間接的にしか関わることのなかったナスティ達の方が、己の無力さに悔しさや情けなさを痛感したに違いない。
「んー……。そうね、この辺で腰を落ち着けましょうか。ほら、日当たりの割に結構涼しいわよ」
「ナスティ」
「なあに?」
「色々御免な、いつも心配掛けちゃって。……それと、ありがと」
改まった御礼にきょとんとした彼女は、一瞬後ふんわりと花開くように明るく笑ってくれた。
.....続く
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