ナスティと共に戸外へ出た遼は、木漏れ日の眩しさに目を細めた。
空気の清浄さも、青々と繁った木々のさざめきも、遼の部屋にあるベランダにいる時と何ら変わりはない。
それでも、踏みしめる土の柔らかさや芝生の青い匂い、間近にある緑の気配が、心を落ち着けてくれる。元々そんなふうに自然を身近に感じて生活していた遼が欲しかったのは、この空気──それだけだった。
つい浮かれてしまって遠くまで歩いていき、心配を掛けたことは確かにあるけれども。そんなの、たったの数回だけ。あんなに口うるさく言われる筋合いはないのに。
思考に耽り、黙って歩いていた遼に、ナスティがクスリと笑った。
「遼、今何考えてるの? ──訂正。誰のこと考えてるの?」
「……ナスティ……答えのわかってる質問のことを『愚問』って言うんだぞ」
遼が口を尖らせると、ナスティのおかしそうな笑い声が転がった。
何故か笑いが止まらない様子の彼女を、遼が咎める。
「ナスティ、ちょっと笑い過ぎ」
「ご、ごめんごめん。なんかね、ホント──変なトコで似てないようで似てるのよね、当麻と」
「…俺が? そんなこと、言われたことないんだけど……」
「そう? 今の台詞と拗ね方なんてそっくりよ? …なんてね。でも、みんなも同じこと言ってるわよ」
ナスティがそう言うのだから嘘ではないだろうが、俄には信じがたい。全く正反対だと言われたことは何度もあるし、確かナスティも当麻とは正反対だと言っていた筈だ。一体、どちらが本心なのだろう。
納得がいかないのか不満そうな遼に、ナスティは問い掛けた。
「もしそうだとしたら、どこが似てると遼は思う?」
どこだろう、と遼はナスティに言われるがまま素直に色々と考えを巡らせた。
思いつく限りの当麻の性格、趣味、嗜好を頭の中に描いてみた。
頭の回転も速く、至って冷静な当麻と、つい感情が先走ってしまう自分との、共通点。考えるまでもなくまるで思いつかない。基本的な考え方も全然違う。少しでも似ていれば喧嘩もこんなにしなくて済んだだろう。そういえば、あの当麻が遼より先に激情に任せて敵陣めがけて突っ込んだことが一度だけあって、遼は肝を冷やしたことがある。理性的な判断をそっちのけで感情を優先することがあるという意味では、類似点の一つかもしれなかったが、あれは本当に例外中の例外だ。
サク、サク、とゆっくりとした足取りで、時折吹く優しい風に髪や服を弄ばれながら、明るい森の中を当て所なく散策する。
考え事をしながらでは、景色を十分堪能するまでには至らないが、それでも気分は爽快で頭の中はすっきりしている。
だからといって、遼の中で答えが出ることはなかった。
俯き加減で困ったように、遼は苦笑した。
「大分考えてみたけど…俺には思いつかないな……」
「そうね…自分の事でもあるものね。じゃあ、たとえば……当麻の悪いところはどこだと思う?」
その問いには、すんなり答えることができた。
「──自分を蔑ろにするところ」
きっぱり言い切った遼は、歩みを停めた。隣を歩くナスティも同時に足を停める。
ナスティがそっと見上げた遼の顔には、何とも言えない表情が浮かんでいた。哀しみと憤りの混ざったそれは、見ていて痛々しかった。
「人には言うんだ、まず自分の身を守れ、って。だけど当麻は自分より他の人を優先する。……他のみんなもそんなところあったけど、そんなの比べ物にならないくらい、あいつは酷くて。いつだって『俺のことはどうだっていい』『構うな』って…そう言うんだよ……」
そう言った瞬間の彼の脳裏には何らかの作戦があったのかもしれない。だが、結局はいつも何も聞かされないで、そんな言葉を遼に突きつけてくることが多かった。その度に、遼は強く思った。絶対に当麻の言う通りになんかしてやらない、と。実際に、その都度嫌だとはっきり拒絶して跳ね退けた。
当麻を見捨てるような奴だと思われていたのか。それとも、そうすべきだという判断を下したのか。智将である当麻の考えることなど全く理解できなかったが、聞き飽きる程聞いた台詞は、何度耳にしても胸がぎゅっと絞られるように痛くて、泣きたくなるのを剣を握り締めて必死で堪えていた。何が何でも言う通りにだけはするものかと心に決めて、本当に拒み続けていたら、その数だけ『馬鹿』と罵倒の言葉を貰う羽目になった。
だが、戦いは終わった。
あんな状況には二度とならない。
なのに、感じた痛みは忘れられず、思い出す度に疼く。
ギュッと拳を固く握って唇をきつく噛む遼に、一歩近寄ってナスティは苦く微笑んだ。
「そんなふうに言われたら、哀しいわよね。……でも、それは貴方だけが思ってることじゃないのよ?」
グッと二の腕を掴まれて、遼がハタと我に返る。
ナスティの力も覗き込んでくる視線に宿る力も、思いの外、強いものだった。
.....続く
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