「…悪趣味だな」
負け惜しみでも、何も言わないではいられない。
そう思った宮田が言った言葉に、一歩は小さく口元だけで笑った。
優しく微笑んでいるようでも、普段とは、目が違う。
自分を見つめる瞳には、欲が、ちらついていた──男の、本能としての、欲が。
「そうかな? …でも、お互い様だよ? ある意味」
ある意味。
それには宮田も頷かざるを得ない。
思わず溜息が漏れた。
ある意味──一歩に必要以上に拘っている自分が、既にどうかしているのだ。
あまつさえ、こんな関係に甘んじているのだから、悪趣味なのは認めねばなるまい。
そうこうしているうちに薄手のトレーナーをたくし上げられ、一歩のやや冷たい手が宮田の素肌に触れる。瞬間、ピクッと体が震えた。
いつもなら一歩の手を温かく感じるのに、今はひんやりと冷たいのは、自分が寝起きで体温が高いからだろうか、とソファに背を預けたままの宮田は、半分投げ遣りに思った。
──狭いソファの上でってのは、オレの好みじゃないんだがな。
しかし、きちんとした場所に移動すれば、それだけ拘束される時間が伸びるかも、と考えると、宮田は言う気をなくした。
いきなり胸の突起を指の腹でやんわりと撫でられ、再び宮田の背が小さく痙攣した。
「…なんか…何となくだけど、反応…早くない?」
「うるさい」
ピシャリとはねつけるように即答する宮田の首筋に唇を寄せて、一歩はクスクスと笑う。が、宮田にはそれに反論する余裕などなかった。
一歩に言われる通り、いつもより敏感な気がするのだ。両の手首が戒められているというだけなのに、ほんの少しの刺激から、過敏になった自分の体は快感を拾う。今日は…特にひどい、かもしれない。
まずい、と宮田は思った。セーブが効かないのは、非常にまずい。
そんな宮田の思いを知っているのか知らないのか、一歩はさらに刺激を強めていく。
愛撫で少し色づいて尖った胸の突起を、一歩は舌先で転がしてはきつく吸った。その間も、片方の手は大腿の内股を撫で上げている。
刺激を受けて敏感になった皮膚は、その些細な一歩の動き一つ一つを、確実に快感として捉え、宮田の中枢神経に伝えてくる。その度に、僅かに宮田の全身がピクッと跳ねて反応を返す──それは、意識して抑えられるものではなかった。
が、今の所、声を殺すことには成功していた。乱れる息を整えながら、辛うじて、であったが。
ただ、手錠のことを抜きにしたとすると。
今の状況下で、宮田にとって、いつまでも不快なことが一つ。
いつもなら完全に衣類を脱げるはずが、くだんの手錠が妨げとなって上着を脱げず、喉元から肩口にかけての部位にとどまっているのが、邪魔でならない。
そのおかげでいつもよりも熱くて息苦しいと宮田が思うのは、多分気のせいではないはずだ。
そんな、もどかしさを感じていたときだった。
「…宮田くん………?」
耳たぶを歯と唇で甘噛みしながら囁きかけられ、ゾクッと背筋を走る快感に身が震えた。それをやり過ごしてから、宮田はキッと一歩をねめつけた。
──わざわざ、そんな聞き方するんじゃねえ!
そう言いたいが、そんな長広舌をたれる余裕など、ないのである。
「…っ、何だっ………」
「…なんで、そんなに声抑えてるの? 少しくらい、聞かせてくれても…」
誰が聞かせるかっ!! とは声に出さず、心の中で宮田は叫んだ。
こうしている間にも、一歩の手は、休まず宮田の体の上を徘徊しているのだ。ひょんな刺激から、声が漏れないとも限らない。
手錠までされて、さらに一歩の望み通りになってしまうことだけはまっぴら御免だ、と宮田は心底思った。
大体宮田にしてみれば、いつでも声を抑えるのは、当然なのだ。
(誰が、自らすすんで自分のみっともない声を聞きたいと思う!?)
そういう、心境なのである。
それは、ごくごく当たり前の心理であろう、と思われる。
だが、宮田の心理など、天下一品・超弩級の鈍さを誇る一歩に伝わるはずもなく。
その事実は、かなしいかな、宮田の最も避けたかった現実を、作り上げるのであった…。
.....続く
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