気持ちの名前-2- 

2000.10.30.up


 *  *  *

 プロジェクトDのバトル遠征一週間前に行われる、赤城山でのミーティング。
 この日、定刻よりも大幅に早く着いた拓海は、白いFCが止まっているのに心底驚いた。側には、そのドアに凭れて立つ涼介の姿がある。
「りょ…涼介さん………!?」
 自分は、仕事がたまたま早めに終わって、時間まで家で持て余すのもなんだからと思い、時間的に余裕がありすぎるとわかっていてここに来たのだ。
 随分早く到着したのに、まさか先に誰かが来ているとは思いもよらなかった。
「藤原? どうしたんだ、まだ一時間以上もあるぞ」
 どうやら涼介の方も、同様のことを思ったらしい。目を見開いて、拓海を見ていた。
 拓海は、予想外の出来事に少しどきどきしてしまう。
 …プロジェクトが始まって顔を合わせる機会が増えても、涼介と二人になることはなく、未だにあがってしまうのだ。
「あ…はい、そうなんですけど、………オレ、今日はヒマだったから。…えと、涼介さんは?」
 拓海が訊くと、涼介は軽く笑って肩を竦めた。
「…オレもそんなもんだ。気分転換に、たまにはFCでかっ飛ばそうと思ってな」
「へえ………。あ、じゃあ、どうぞ行ってきて下さい」
 走るの速いのにもう引退だなんてもったいない、と思いながら涼介に勧めると、やっぱりやめとく、との答えが返ってくる。
「え、でも…走るために早くここに来たんでしょう?」
「走るよりも、藤原と話してた方がよっぽど気分転換になりそうだから」
 きっぱり言い切ってにこりと笑う涼介に、拓海は首を傾げた。
 …本気で言っているのだとしたら、どういう意味なのだろうか。
 それが表情にも表れていたのだろう。涼介は続けた。
「前に言ったろ? お前はおもしろいって。ゆっくり話してみたいとも言ったけど、実際そんな機会もなかなかないからさ」
 それに、と言葉を区切ってから、涼介は拓海の顔を覗き込んだ。その口元は、軽く微笑んでいるようだった。
「お前もオレのこと、そう思ってるんじゃないのか? ──オレに興味持ってるだろ」
 ズバリ、単刀直入である。
 瞬間、拓海の頬が赤くなった。
 …実はその通りなのである。が、拓海のその『興味』は、変な意味合いでは断じてないのだ。それは信じてもらいたい。…いや、涼介のことだからきっと承知のことだろう。
 だが、まさか知られていたとは。
 ──もしかして、前からバレバレ………?
 照れも恥ずかしさもないまぜになり、拓海は何も答えられずにオロオロと焦ってしまった。
 そんな拓海の様子に、涼介は声を立てて笑ってから、ちょっと歩こうぜ、と誘う。
 追求を免れて拓海はホッとしつつ、はあ、といつもの曖昧な返事を呟き、歩き出した涼介の後ろについていった。
 珍しく涼介が楽しそうだったのが、何となく嬉しかった。
 
 
 
「………あ…あの…」
「何だ?」
 峠道の舗装道路から外れ、少し草を分け入ったところを、ゆったりとした歩調で歩く。
 赤城山の峠はレッドサンズのホームコースだ。夜間に交通量が減る普通の道路と違い、逆に峠には人とクルマが集まってくる。そこにチームリーダーの涼介がいると知れたら騒がれること必至で、だから今は目立たないところを選んで歩いていた。
「…その…、オレ、そんなにアカラサマ…でしたか………?」
 先程の涼介の言葉がどうしても気になって、おずおずと上目遣いで、拓海は涼介を窺った。
 目を合わせたくはないのだが、涼介の反応は知りたい──そういう目線だった。
 涼介にも、何となく拓海のそういう気持ちがわかって、くすりと微笑む。
「そんなことないぜ。普通なら気付かないだろうと思うけど…まあ相手が悪かったかな? 自分で言うのもなんだが、オレは洞察力には長けてる方なんだ」
 少々おどけたように言う涼介に、再び拓海の頬が朱に染まった。
 ──普通は気付かないっつっても、本人にバレてんだったら一緒なんだよっ!
 口に出せない分、拓海は心の中で思いっきり叫んだ。しかも、涼介の台詞に突っ込むこともできない。洞察力云々は、本当のことだろう。
 とりあえず、涼介は気を悪くしてはないようなので、そのことについてはホッとした。
「………………うぅ、メチャ恥ずい………」
 もごもごと口の中で言う拓海である。もう最悪、とは心で呟いた。
「どうしてだ?」
「え…」
「オレは藤原のこと個人的に気に入ってるし、だからお前に見られてるのは結構気分いいけど。気に入ってるヤツに意識されてるのっていいもんだろ?」
 しれっと涼介はそんなことを言った。
 ──個人的に気に入ってる。
 拓海はその直接的な表現に、びっくり眼で赤面したまま口を閉ざした。そういえば、涼介は、シャレではなくマジメに赤裸々なことを言ったりしたりできる人だった、と思い出す。
 拓海にとっての、涼介の『不思議』の一つだ。
「………藤原。顔が赤いぞ」
 くすくす笑う涼介を、拓海は睨みつける。
 ──もしかしたら、確信犯かも。
「…涼介さんがそういうこと言うからですよ」
「嫌ならもう言わないよ」
「別に…嫌じゃないですよ。そうじゃなくて………」
 と、拓海は反論を試みた。
 確かに言われるのはやたら恥ずかしかったが、それはくすぐったいような何とも言えない嬉しさを伴っていて。だから本音を言えば、涼介にそう言われて困りはしても、嫌ではなかったのだ。
 誤解されたくなくて拓海が言葉を続けようとすると、途中で涼介がにっこり笑う。
 それを見て、拓海は最後まで言わずに口をつぐんだ。
 何というか、そう、意味有りげな笑い、に見えた。
 …つまり、もしかして、もしかしなくても、拓海の反論を待っていたと、そういうことだろうか。
 ──………………やっぱ、確信犯だ。
 拓海が黙って涼介をじぃっと見ると、全く悪びれない態度で微笑みかけられた。
「ならよかった。大体そうかなとわかってたんだが、やっぱりちゃんと言葉で言われるのとは段違いだからな」
「………大体っていうか…全部わかってるんでしょ、涼介さん………」
 何でもわかっていそうだし…、と大きな溜息とともに拓海が小さく言うと、そんなことないよ、と苦笑とともに涼介は答えた。
 拓海は、意外な思いで涼介を仰ぎ見た。てっきり、肯定の返事が返ってくると予想していたのだ。
 いつだったか、外報担当の史浩から、どんな時でも涼介の言う通りに物事が進む、というようなことを以前聞かされたことがある。そうだろうな、と拓海自身も思ったのに。
「わかる範囲ってのは、あくまで状況判断による予想に過ぎないだろ。その判断材料が多くて判断が正しければ、より正確にはなるが、…実際とは違うぜ。──ま、だからこそ突き詰めてみたくなるんだけどな」
 そう言う涼介の瞳には、どこか愉しそうな不敵な光が浮かんでいた。
 ──今、何を考えてそういう瞳をするのか。
 拓海は何となくそれが知りたくなって、思わず目を凝らして涼介の瞳を見つめた。正面から覗き込めれば何か見えるかもしれない、とわけもなくそう思って。
 けれど、わざとなのか、涼介は拓海と視線を合わせてはくれなかった。



.....続く     

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