欲-epilog3- 

2001.6.11.up

act.4-1(side Takumi)

 『大っ嫌いなんだよ、お前なんか』
 
 啓介のそれは、心の底からの叫びに聞こえた。
 何だか苦しそうに──まかり間違えば、泣きそうにも見える啓介の顔。
 そんな表情で、苦いものを吐き出すように、啓介が言う。
 絶えずこちらを見ている瞳も、痛みを耐え忍んでいるのか、曇っている。

 当たり前か、と拓海は自嘲する。
 啓介から、言われて然るべき言葉だ。
 覚悟はしていた。
 そう言われるだけのことを、自分はした。
 以前からそう思われていたことも知っている。
 ………それでも。
 心臓が、痛い。
 押し潰される。
 …血の気が引いた。
 
      啓介の気安い雰囲気や和んだ瞳が、拓海を目にすると、瞬く間に跡形もなく消え失せる。
      ──幾度、その瞬間を目の当たりにしたことか知れない。
      その都度、自分はどうするべきか迷った挙げ句、彼から視線を外した。
      己の意識の隅っこに、彼を追いやった。
      笑みに代わり、彼の目が鋭く自分を射抜いても、振り返らなかった。
      気付かないフリをした。
      凍てつく眼差しに、知らぬフリを決め込んだ。
      ぞんざいな態度には、目を瞑った。
      ………いつものように、眠い顔で。
 
 だが、所詮はフリだ。
 本当の所は違うということは、わかっていた。
 ただ、自ら進んでそのことを意識しなかっただけ。
 ぼんやりしていれば、深く考えないで済んだ。
 ………それでも、油断すれば必ず、己の瞳は目映いばかりの彼の姿を捉えていた。
 
 きっとそれが、啓介にもわかったのだろう。
 嫌いな人間からの視線は、彼を随分と苛立たせたに違いない。
 だからこそ、徐々に拓海への態度を刺々しいものへと変えていったのだ──
 



 啓介の表現は、拓海でさえも一発でわかるほど、シンプルでわかりやすい。
 拓海の受ける彼からの態度は、いつだって拒絶的。
 つまりはそれが、啓介にとっての"藤原拓海"に対するスタンス。
 排除とまではいかない、だからこそ一番鬱陶しくて目障りな存在──それが、自分。
 わかっていた。
 今までは直視していなかっただけ。
 だから。
 『大っ嫌いだ』なんて、今更言われなくても。

「………知ってます」

 辛くても真っ直ぐに、啓介を見て言った。
 可もなく不可もなく、そのままを受け入れる。
 それが、拓海の答えだった。
 それが今あるべき己の姿なのだと、そう自分に課していた。
 
 
 
 
 
act.4-2(side Keisuke)

      ウソだ。
      全部、ウソ。
      だからそんなツラ、オレに見せるな。
      そんなツラして、オレを見るな。
 
      勝手だけど、オレがそうさせたけど。
      でも、何でだか、見たくない。
      テメーのそういう顔、見たくねえんだ。
 
 もう、限界だった。
 ウソも、黙っているのも。
 苦しくて、たまらない。
 だから。
 今すぐにも、そう言ってしまいたい衝動に駆られていた。
 
 なのに、よっぽど言おうかと思った刹那、そんな啓介の耳に聞こえたのは。
 『知ってます』
 …拓海の、台詞。
 やっと口を開いたかと思えば、こんなことしか言わない。
 啓介が、拓海を嫌っているということ。
 しかも、それをさも事実だと言わんばかりに、あっさりと認めた。
 
      何も知らないで。
      知ろうともしないで。
      啓介の抱える煩悶も、苦痛も、何もかも。
 
      誰のせいで、この自分がこんな思いをしているのか?
      本当の意味で『嫌い』なら、一切相手にしなかった。
      自ら関わるなんて、ありえなかった。
      たった一人にいつまでも構っているはずがなかった。
 
      …そんなことさえ、わからないのだろうか。
 
「ふざけんなっ! 知ってるだと? んなワケねえだろうがッ!!」
 啓介の突然の怒号に、さすがの拓海もビクッと両肩を震わせ、僅かに目を見開いた。
「お前がオレの何を知ってるって言うんだ!? んなワケねえんだよ、お前相手に本音なんか誰が言うもんかよ!」
 青ざめた拓海から目を逸らさず、啓介は、口の端をつり上げてせせら笑った。
「………でも、ソレももうやめる。お前みたいなの相手じゃ、アホらしいからな」
 …ひきつった笑みにしか、ならなかった。
 でも、拓海の台詞には笑うしかないのだ。
 『知っている』? 誰が、何を。
 それが本当かどうかもわからないで、『知っている』だと?
 お笑い草だ。
「うざってえんだろ、オレのこと」
 啓介はスッと笑みを消した。
「オレが近付いたらいっつも鬱陶しそうに顔歪めてたじゃねえか。嫌ってんのはそっちの方だろ? …お前が何も言わねえのをいいことに、オレも随分余計なちょっかいかけたけどよ。そんなにヤなら、さっさと言えば良かったんだ。バカじゃねえんだから、口で言や、わかる。そうすりゃオレだって………わざわざテメーなんかに近寄らなかった!」
 言い募りつつも、喉がヒリヒリ痛んだ。
 痛くて、声を出すのが嫌になってくる。
 けれど、言わなければ、苦しいままだ。
 続く苦しみを抱えていなければならない。
 でもそれは、もう限界なのだ。
 言えば、多少は………解放される。
 そうして、立て続けに己の口から滑り出てくるのは──自虐ともつかない恨み言だった。
「──オレは…お前が嫌だって言ったら、いつだってやめたんだ………そしたらっ、…こんなことにはならなかった! そうだろ!?」
 啓介は、興奮のためか、長広舌のためか、やや息が荒くなっていた。
 喉も、チリチリと灼けつく痛みを訴えていた。
 
      そう、本気で嫌だと言ったら。
      『本気』や『本音』を、一瞬だけでも目前に曝してくれたら──
      なのに、この男はいつまでも、決して正面から向き合おうとしなかった。
      …特に、自分に対しては。
      イヤならイヤで構わない。気に入らないならそれでいい。
      聞きたかった。本来のこの男の言葉を。
 
      ずっとそう思っていた。
      色々仕掛けてもみた。…けれど。
      何も見せてはくれなかった。
      今も尚、言葉を失ったかのように、黙して語らない。
      しでかした暴虐の言い訳さえ、しようとしないのだ。
 
 ウソもごまかしもだんまりも、もううんざりだ。
 やってられない。
 自分にも、相手にも、そんなこと赦しはしない。
 その身を切り裂いて心の内が見れるものなら、そうしてやる。
 ──でも、そう思ってんのは…オレだけなのかよ。
 果てのないイタチごっこをたった独りでしている。
 そんな虚しさに苛まれ、無性にやりきれなかった。



.....続く     

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