熱く、汗で湿った体がしなる。
ちゃちなベッドのスプリングが、ギシ、と悲鳴を上げた──二人分の体重を受けて。
同時に、本物の悲鳴も上がる。痛みを訴える、苦しそうな呻き。
苦悶の声が、背後を取られてシーツに押さえつけられた男の口から、断続的に漏れる。
声に比例して、その顔は苦痛に歪んでいる。
折り重なる体の動きは、緩やかだった。
──今の所。
act.0
…通常なら、男女で泊まるホテル。
価格は、安い。
"受付ったって、客の顔なんざ見えねえようになってんだしよ"
あっけらかんと言ったのは、一緒にいた男だった。ランクで言えば、かなり上の部類の。
宿泊費浮かすために野郎同士でもたまに利用するんだぜ、と言い、口の端をニッとつり上げた。
そこを避難所に選んだ彼は、気にするな、と強引に自分の手を引っ張って、雨でずぶぬれのまま建物の中に入った。
彼は、完全におもしろがっていた。
元々、この自分の反応を見て、おもしろがるところがあった。
今のこの選択も、おそらく自分が困った顔をしたものだから、強引にでもそうしたくなったのだろう。雨に濡れたからと言っても凍える季節ではないのに、それをわざと無視しているようだった。
拓海は、彼のその誘いを拒んだ。掴まれた手に抵抗もした。…半ば本気で。
気にするなと言われても、気にしないわけにはいかない。
…曲がりなりにも、ここは、欲望に身を任せて睦み合うだけが目的で作られている。そういう場所なのだ。
その密室で、彼と自分の二人きり。
そんな状況で、自分の理性がいつまで保つか。
…そう、本当は──
──気にしないといけないのは、彼の方なのに。
彼は、掴んだ拓海の手を離さなかった。
何にも知らないで。
act.1(side Takumi)
今までものをねだった記憶は、拓海にはない。
そんなに欲しいと思ったこともない。
これじゃなきゃイヤだとか、そういうのも全然なくて。
よほど嫌じゃなければ、後はもうかなり適当だった。
だから。
「…啓介さん………」
背後から覆い被さり、耳に口づけ熱く囁いて、獣の形で深く繋がる体を軽く揺すった。
途端に発せられる声は、まだ苦しそうだった。
突かれる度に自然と上がる声を、必死に堪えようとしている。
そんな彼を腕にして。
感じるのは、狂おしいほどの──歓喜。
そして…虚しさ。
本気で欲しいと思った時。
手に入れたいと願った時。
どうしたらいいのか、わからなかった。
焦がれたのは、『もの』じゃない。
いつからそう感じたかなど、問題じゃない。
ただ──
「…っ…、ここ…イイ、ですか………?」
ほんの少しの刺激を与えても、堪えきれずに溢れる彼の嬌声。
それが、痛みではなく、全て快楽に濡れるまで。
辛くても、許さなかった。
真っ向から相対することしか知らず。
どんな時でも前進することをやめない精神。
己の感情のままに振る舞う素直さ。
曖昧を好まない潔癖さ。
拓海とは正反対で、だからこそ反発してくる彼。
高橋啓介。
拓海が考えるのは彼のことだけだった。
今、仕事以外で、プロジェクトD以外で。
心を占めるのは彼の存在だけだった。
けれど、彼を想う度に。
苦しくて、胸がかきむしられる。
「啓介さん…ッ………」
手で舌で、届くところは余さず愛撫し、足を大きく開かせ、蹂躙する。
緩んだ彼の唇から漏れる、鼻に掛かった甘い喘ぎが部屋に響く。
そこからは、苦痛はもう窺えない。
それが余計に気に障るのか、途端に眉間に深く皺を寄せ、声を出さぬようにと唇を噛む。
頬を薄く朱に染めながら、流されまいとする彼の様に、ズクリと股間が疼く。
己の欲望を彼の体内に深く埋め、それでも足りないとさらに奥を抉り、戦慄く彼を両腕で強く抱き締めた。
あらん限りの力で。
自分にだけは決して向けられないもの。
彼の全開の笑顔。甘えを含んだ声音。
反対に、自分に向けられるのは──
からかい混じりの遊び、そのための笑み。
好意なんかないと自分に告げる、突き放した瞳。
ただひたすら想うだけの、拓海の一方通行。
…だから、当然なのだ。
情交は深くても、心まで届かないのは。
今のこれは、心の通わない、肉だけの交わり。
それでも、嬉しくて。だから、苦しくて。
「…啓、介さん………ッ!」
激しくなる動きの中、一際奥を貫き、二人同時に快楽の頂点へと駆け上がった。
幾度か痙攣を繰り返すと、息も絶え絶えの彼の体から、すうっと力が抜け落ちた。
意識を失ったのかも、しれない。
荒い息のままぐったりとした啓介を、繋がりも解かずに、拓海はそのまま背後からかき抱いた。
汗ばみ、火照った素肌が密着する。
意識がなくても、腕の中の鼓動と温もりが、泣きたいほどに愛しかった。
肩口に、頬をすり寄せる。
──信じてくれないと思うけど。
あなたに焦がれて、どうしようもなくて。
灼かれる気持ちを抑えられなくて。
あなたを傷つけるような、こんな真似までして。
でも、…それくらい。
オレは、あなたが、好きなんです。
許して貰おうとは思ってない。したこと自体を後悔してもいない。…けれど、彼への想いだけは信じてほしいと願ってる。嫌われても構わないから。
それが無理なことだとは、拓海にもわかっていた。
──虫が良すぎる。そんなのは幻想だ。
十分わかっていたけど、それでも。
「…好きです」
情けないほど掠れた声で、言った。微動だにしない啓介の耳元で。
初めて口にした。
………ただ、言いたくて。
.....続く
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