藤原拓海、高橋啓介両名が、二人して横に並び、胡座をかいて座っている時のことだった。
「ぅわ…ッッ」
ビクンッと啓介の体全体が大きく痙攣し、過剰な反応を起こす。
妙な箇所に刺激を受け、自分の声を抑えることができなかった。
──何つー声………。みっともねえ…ッ!
そう思った啓介の頬が、瞬時にカッと紅潮した。
今は隣を陣取る年下のこの男-藤原拓海-に、このような情けない様を見られるのだけは真っ平御免だ、と啓介は常々考えているのだ。
「…っ何すんだよいきなりっ!!」
ぐるんと体ごと思いっきり真横を振り返り、眼光も鋭く拓海に向かって吠え立てる。
拓海が、こともあろうか、いきなり啓介の脇腹に手を伸ばしてきたのであった。しかも、背後からそうっと忍ばせるようにして。
はっきり言って、驚かないわけがない。
啓介は、元々切れ長の目を目一杯きつくつり上げて凄んだ。
これで腰が引けない男は、あまりいない。
…が、しかし。
「あ…すいません。くすぐったかったですか?」
相手は藤原拓海である。どう凄んでみても、彼のペースを崩すことはなかなかできず、暖簾に腕押し状態で。
ポヤンと、間延びした平和な声が返ってきたものだから、啓介は余計に腹が立った。
「『くすぐったかったですか?』じゃねーよっ! ビックリするだろうが!」
何より、全身が総毛立ったではないか。
「………啓介さんて、ホントに弱いんですね。こういうのに」
少し驚いたように目を見開く拓海の台詞の、微妙なイントネーションの違いに、啓介はピクリと反応する。
まるで、誰かから教えられたかのようだ。
「…んだよ、そりゃ」
「前にね、聞いたことあったんですよ。啓介さんが、ものすっごいくすぐったがりだって。…オレもすっかり忘れてたんすけど………なんか今ちょうど思い出したから」
「………………誰に聞いた」
殊更低く呟く啓介の問いに、拓海はぺろっと答えた。 何の衒いもなく。
「史浩さん」
ふ〜み〜ひ〜ろ〜めェェッ!
啓介は心の中で、ウラミゴトを並べ立てる。
覚えてろよっ! …と内心叫ぶものの、けれどそれが実行できた試しは未だかつてない。
何かと史浩には借りがあるのだ。
いやいや。だがしかし、今はそんなことよりも。
「〜〜〜お前も…言われたからってな………触んじゃねーよ、バカ」
「…はあ…すんません………でも、ほんのちょっと突っついただけだし………」
「あのな、今はビデオ見てる最中だろ!? 何考えてんだテメーは!」
と、怒り心頭で怒鳴り散らす啓介へ、拓海は少し呆れた視線を向けた。
たったこれしきのことで、と思ったのだ。
* * *
拓海と啓介が見ていたビデオとは、プロジェクトDの次なる遠征地のコースを撮ったものである。
啓介は、そのビデオを藤原拓海に渡すようにと言付かって、ここ、藤原宅を訪ねたのだった。
いつもなら他のメンバーが渡しに行くところであるが、偶然誰も手が空いておらず、できれば早めに届けてやりたいがどうしたものかと涼介が思案していた傍らを、啓介は通りがかった。
しかして、当然の如く、テープを手渡される羽目になったのだ。
用事は手早く済ましてしまえと、その後啓介はその足で愛車FDを飛ばし、さして時間も掛からず藤原豆腐店にたどり着いた。
この家の誰かに預けるつもりで、誰もいない店の奥へ声を掛けてみる。
すると、奥から出てきたのが、驚いたことに拓海本人だったのだ。
何でコイツ家にいるんだ!? との啓介の思いを読み取ったのか、啓介自身が訊くまでもなく、今日は仕事休みなんです、と拓海はボソボソ言った。
──いや、そうじゃなくてだな。
という啓介の思いは、口から出ることはなかった。
啓介が驚いたのは、拓海が、仕事がない日に家でボケボケ(…ここは啓介の想像であるが)していることに対して、だった。しかも、まだ二十歳にも満たない遊びたい盛りであるにも関わらず。
普通、休日に連絡もなしに家を訪ねたら、本人は不在である可能性が非常に高い。それが、啓介にとっての常識だ。
──他に何かすることねーのかよ!? ダチとどっか遊びに行くとか、走りに行くとか…。いくらコイツが無趣味っつってもな…イイのか? 若い身空なのに、こんなんで…?
ちょっとジジくさいことを考えてしまった啓介である。
実の所、そんな余計な思考を巡らせるほどに、啓介は暇を持て余していたのだった。
どうせお互い暇ならば………と、そこで拓海への好奇心と少しばかりの情け心を出し、いつもの強引さで以て、一緒に持ってきたビデオを見ようという方向に、話をまとめていった──
* * *
かくして。
拓海以外の家族はみな出払っているらしい藤原家の居間で、ビデオを見ていたのである………
.....続く
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