視線-3- 

2000.9.14.up

    そう、始まりは確か──
    絡みつく強い視線。
    啓介の、挑むような瞳。
    それ、だった。
    視線を独占しているのが心地よくて。
    …でもそれだけでは、足りなくなって。
    もっと、見て欲しいと思うようになった。
    一部分だけでなくて…鋭いその視線で、内側をも透かし見てくれてたらいい。
    もっと、ちゃんと『オレ自身』を見て欲しい──
    それは、自分をまともに見ていないと、拓海が無意識に思っていたからなのだろう。
    でも、そうじゃなかった。
    悪口ばかりだった先程の言葉は、考えてみれば親友のイツキによく言われることとそっくりだった。
    啓介は、表面だけじゃなく、ライバルとしてだけじゃなく、きちんと藤原拓海という人間を見ていたようだ。
    それがわかった。
    知らなかっただけだったのだ。
    そう思うと、嬉しくて、どこかこそばゆくて。
    それから、自分の鈍さ加減にも、少し笑えた。

「でも、藤原は、逆に何にも知んねーよな」
 突如として話題が微妙にすり変わる。
 ハタと我に返って再び啓介の方を向いたが、いきなり過ぎて、拓海にはついていけなかった。
 それに気付いているのかいないのか、啓介はそのまま言葉を連ねた。
「人のこと、全然見てねえし。…たとえばDのメンバーにしても、誰が何やってるとか、何考えてるとか、興味ねえだろ、全然」
 んで、さっきだって、オレに図星指されてむかついたくせに、反撃できないでやんの。オレんことゼーンゼン知らねえから。
 啓介に鼻で笑われる。
 ムッとしたが、それより以前に、拓海は違うと思った。
 …言われる通り、啓介のことはよく知らない、けれど。
 啓介に関しては、興味がないという枠には絶対あてはまらない。それは、自信を持って言える。
 ──だって、こんだけ見てんのに。
 そんな考えが頭を過ぎって、アレ、と拓海は思考を中断させる。

    『見てる』?
    誰が、誰を。
    逆じゃん。だって…啓介さんがオレを、だろ………?

「…おーい、聞いてっか?」
「………聞いてますよ。………でも、なんか…違うと思うけど」
「…どこが」
 またしゃべんなくちゃなんないのかー、と諦めた拓海は、ハァと軽く溜息を吐きながら言った。
「…そりゃー、確かにオレ、よくボケてるって言われるけど…アンタにそこまで言われるほど見てねーことはねーです」
 キッパリ断言したものの、少し自信がなくて、最後の最後にボソッと多分…とつけ加えると、何だそりゃ、と苦笑で返された。
「見てるって、お前がァ? ウッソだろ。何見てんだよ」
 だから、アンタだって。
 間髪入れず、心の中で突っ込んでから、拓海はアレ、とまたもや思う。

    何だソレ。
    オレ、啓介さんのこと、…見てた?
    そう思ったよな、今。
    オレが、啓介さんを………
    ………………逆じゃなくて?

 拓海は、珍しいものを発見したかのような面持ちで、改めて啓介を振り仰いだ。
 今、拓海を見る啓介の瞳は、敵意に満ちている種類のものではない。誰にでも向けるような、穏やかなものだ。
 そんな啓介の視界に、今は自分だけがいる。
 ──啓介さんのあの視線には、オレ、気付いてた。
 …鈍いこの自分が、である。
 それはあくまで、元々啓介自身に存在感があるから、あまりに強く鋭い視線だから、と考えていた。
 だが、そうではない…のかもしれなかった。
 
    啓介さんがオレのこと見てるときは、つまりオレも見てるってこと…なんかな。
    まあ…そうだよな、間違ってはないよな。気付いてんだから。
    ………………って………アレ?
    …てーことは、だ。
    啓介さんと同じくらい、オレも啓介さん見てたってこと?
    そうなのか?
    …なんか、そんな気がしてきた…
    もしそうだとしたら、オレ、すっげー啓介さんのこと見てたんじゃん!?
    恥ずー、オレ………激ニブ。
    でもって、啓介さんも当然気付いて………るワケねえんだよな。
    あんま人んこと見てねえって言われてんだもん、今まさに…
    でも。
    何で啓介さんは全然気付いてねえの?
    ………オレは、気付いたのに?



.....続く     

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