◇ ◇ ◇
「………あ? 何見てんだよ、お前」
少しケンカ腰に斜から睨まれ、拓海はハッと我に返った。
場所はプロジェクトDの遠征地、ときはバトル当日の真っ昼間である。
コースの下見と練習、クルマのセッティングは午前中までにほぼ終わり、残るはその微調整のみということで、ドライバーたちは暇を持て余していた。
拓海は、特に話すこともすることもなくて、ついつい自分の世界にトリップしてしまっていたようだ。
それは拓海にとってはいつもの如く、なのである。…が、今はそういういつものことをしてはいけない状況だったことに、ようやく気付く。気の置けないイツキと一緒にいるのとは、ワケが違うのだから。
視界には真正面に啓介がいる。正確には、啓介しかこの場にはいない。
辺りを少し見回してみると、他のメンバーは少し距離を置いたところで作業をしている。
拓海がボケッとしていた最中もずっと、啓介はここにとどまっていたようだった。
「…いえ、別に何でも………」
「別にって感じじゃなかったけどなァ?」
啓介はそう言って言葉を区切り、拓海の反応を待つ。
言いたいことがあるなら言え──とばかりに、黙ったまま少しエラそうに片手を腰にやる。そういうスタンスを取るのは、啓介の常のスタイルである………特に、拓海に対しての。
「や、その、ホントに………」
「言えっつってんだろ」
何だかなぁ…とガリガリ頭を掻きながら、啓介の表情を窺いつつ、拓海はぼそぼそと言葉を綴った。
「…だから、ホントに何でもないっすよ…。………けど、その………そんなに気になりますか?」
「は? 何が」
「………………………やっぱ、いいです」
オレのことが気になりますか、と拓海は言ったつもりだったのだ。しかし、もう一度言う気はなかった。実の所、繰り返して言うのは面倒くさい、というのが本音だ。
啓介は、再び黙ってしまった拓海を胡乱な目つきで見たかと思うと、あからさまにハアーッと盛大な溜息を吐いた。
もちろん、わざとである。
「………お前ってさー。ホンット、むかつくのな。アニキもそうだけどよー………」
「え…涼介さん…ですか?」
意外なところで、意外な人物の名が出てくるものだ。
涼介と自分が同類項? と不思議に思いながら、のほほんと繰り返して言った拓海の呟きに、啓介は俯きかけた上体をガバリと起こして強く断定した。
「そうだよッ。アニキもお前もさ、何か言いかけて、飲み込むトコあるだろ。わかんなくて聞き返したら、何でもないってゴマかしたりさ。そういうの、オレすっげーイライラする」
「………そういうもんですか?」
「決まってんだろ? …お前なァ、ちったぁ考えてみろよ。ヒトが折角相手の言うこと聞こうとしてんのに、話半分でやめられたらどう思う? 気分いいかよ? いいわけねえだろーが! ったく、むかつくったらありゃしねえ。秘密主義もいいとこだぜ。言っても構わねえことなら言っちまえってんだ。なのに言わねえのは、言ってもどうせわかんねえとか思ってっか、まあいいやとかで済ましてんだろ」
相手のことバカにしてんぜ、ソレ。
ギロリと睨まれて吐き捨てるように言われ、拓海は、涼介さんなら言ってもわからないって考えてるかもなぁ…と思った。
それは思っただけで、拓海が口にしたのは別のことだった。正直に言うほど、命知らずではない。
「別に、バカにしてなんかないですよー………なんかオレ、しゃべんのって面倒くさいんで、つい………」
「何が面倒くさいだよ。一度は言おうとしたんだったら、ちゃんと最後まで言えっつってんだよ、オレは」
「…はあ………まあ、そんなにイヤなら…努力はしますけど………」
拓海にとって、それは難しい注文だった。何せ、語学は大の苦手だ。母国語も含めて。
でも、と拓海は何となくクスリと笑ってしまった。
啓介の長広舌は、それだけ拓海の言葉を聞きたいと主張しているように聞こえて、ちょっとばかし幸せな気分になったのだ。
「何がおかしいんだよ」
ムッツリと言う啓介に、プルプルと首を左右に振って否定する。
「いえ、あの………おかしいとか、そういうんじゃなくて………」
と、そのまま話を終えようとすると、きつく睨み付けられる。
そこで、ついさっきゴマかされるのがむかつくと言われたばかりだっけ、と思い直す。
前言通り、拓海は何とか続きを言葉にしてみることにした。
やっぱ、ものすごく面倒だなあと独りごちながら、オレ、どう思ったんだっけ、と考え考え、訥々としゃべり出した。
「えーと、ですね…。なんか、嬉しいなぁ…と思って」
はあ? と言いたげに思いっきり眉をひそめて訝しむ啓介に、補足説明を試みる。
日本語って難しい、と拓海は改めて思う。
…主語も目的語もすっ飛ばす自分の言い方が良くないのだとは、気付いていない。
「…あ、だから、ですね。…オレの話とか聞こうとしてくれてたってのは、つまり…その、啓介さんて、ちゃんとオレのこと知りたいとか思ってくれてたんだなーって………。んで、そういうのがなんか…嬉しいかなーって…」
啓介さん相手にこんなに長くしゃべったのは初めてだな、と思いながら言い終わると、目の前の啓介の顔は、何だかちょっと変な顔をしていた。
どことなく気まずそうな表情というか、妙な顔をしている。
──え? オレ変なこと言ったっけ。
自問する拓海に、啓介は今まで合わせていた視線を少しずらした。
「…恥ッずかしいヤツだなー、お前…。そういうことって、思っててもあんま言わねえぞ、普通」
そっちが言えって言ったクセに。
拓海はそう思ってムッとしたが、心だけにとどめておくことにする。
「………じゃあ、もう言いません。………て、思った?」
啓介にニッと笑われて、拓海はギョッとする。
──オレって、見透かされてる?
啓介が心を読めるなんて、知らなかった。
目を丸くして驚いたのへ、啓介は楽しそうな笑みを浮かべた。
「図星だろ? お前って、結構読みやすい。すげー単純だもん。ボケッとしたツラしてるくせに、負けず嫌いだし。すげー頑固ってーか、偏固だし。ひねくれもんだし」
随分な言いぐさである。
「………ケンカ売ってんすか、それ」
「ふふん。全部当たってるだろーが。自分のこと知られてたら『嬉しい』んだろ? さっき自分で言ってたじゃん」
ケラケラとからかうように笑う啓介に、まあ似たようなコトは言ったかな、と拓海は渋々文句を飲み込んだ。
.....続く
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