視線-1- 

2000.9.14.up

      啓介さん…また、オレを見てる──

 感じる、視線。
 彼から向けられる眼差しは、鋭く。
 射抜くようなそれに、ジワリ、と心が高揚する。
 湧き上がる感情は烈しさからはほど遠く、いつまでも静かに熱い、燻り続けているような気持ち。
 眦の上がった目には敵意が溢れているけれど、自分だけが独占できるものだと思えば、それは──
 快感、だった。紛れもなく。
 他の誰でもない、この自分にだけ向けられる、強い視線。
 鈍い自分でも、容易に気が付くほどの、強さ。
 ──悪くない、な。
 ここまであからさまな視線だと、かえって気持ちイイか、と拓海は思っていた。

 常日頃からボケていると、拓海はさんざ言われている。最近になってようやく、そうかもしれないと自分で思うようになった。
 …いや、正確に言えば、拓海はボケているというよりも、周りへの関心が薄いのだった。それはもう、極端なほどに。
 大概のものは自分にとってどうでもいいことばかりだから、無関心で、そして寛容でいられる。
 だが、そうやって拘るものが人より少ないだけに、一度興味をそそられたものには、とことん執着する。
 それこそ、これしかないと言わんばかりに。
 …多分、誰よりも強く。きっと、もっとずっと長いあいだ。
 元々欲がない分、自分の中で生まれた数少ない欲には忠実になる。その勢いをとめることも、譲ることも、しない。
 ──欲しい。
 ──だから、欲する。
 ただ、それだけ。
 その欲に対し、心は素直だった。理性も倫理も、その妨げにならない。
 そんな自分の性質を、拓海は自覚しているわけではなかったけれど。

 啓介の視線は、拓海は以前から感じていた。
 何を言うでもなく、ただ真っ直ぐに強い主張をし続ける、眼差し。
 出会った頃から、今も変わらず。
 それは、居心地は悪いどころか、どちらかというと好ましい類のもので。
 逆に、疎ましいとか、煩わしいとか思わないのが、自分でも不思議なくらいだった。何故なら、啓介と会う回数はそう多くないのに、いればいたで、強烈な存在感が彼にはあったりするから。そんな彼が、自分を見ているのだから。
 会えば必ず、時折絡んでくるきつい視線。
 そう──啓介の視線に曝されているのは、イヤじゃない。

 イヤじゃなかった、というだけのはずの…それが。
 いつ頃からだろうか。それだけでは、満足できなくなった。
 何かが足りないと、感じるようになったのだ。
 理由はわからない。
 もしかして、見つめられる視線に慣れてしまったからなのか。…どうも、それも違う気がした。
 どうしてだろう。
 わからない、けれど。
 でも、いつしか拓海はこう思うようになった。
 
      もっと、ちゃんとオレを見て下さい──

 ただ、思うだけだ。だって、誰にも言えないような感情なのだ。
 勝手だな、と拓海は我ながら思う。
 そう願う自分こそ、啓介をちゃんと見ているのか、わからないのに。
 だが、それが正直な気持ちだった。

      その目には、『オレ』が、ちゃんと映ってますか?

 見えてればいいと思う。そうでなければ、見えるまで、自分を見続けて欲しいと思う。
 拓海は、そう思ってしまう自分に、ちょっと自分で突っ込んでみた。
 ──オレって、今、欲しい欲しいって言ってるだけのガキ?
 内心で少し苦笑して、でも口に出して言わないだけマシだよな、と一人納得する。
 拓海にしても、自分がこんなことを考えるようになるとは、実際意外だったのだ。
 他人に、執着するときが来るなんて。
 しかも、いつもの「何となく」という曖昧な感覚じゃなくて、自覚症状付きで。
 誰も、自分がこんなこと思ってるなんて、知らない。誰にも言ってないのだから、当たり前だ。
 思っていても、言うつもりもない。絶対に、誰にも。
 だけど──いや、だからこそ。
 そうやって秘めている分だけ、ますます思いは強くなっていく。
 表に出していないからこそ、余計に。



.....続く     

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