啓介さん…また、オレを見てる──
感じる、視線。
彼から向けられる眼差しは、鋭く。
射抜くようなそれに、ジワリ、と心が高揚する。
湧き上がる感情は烈しさからはほど遠く、いつまでも静かに熱い、燻り続けているような気持ち。
眦の上がった目には敵意が溢れているけれど、自分だけが独占できるものだと思えば、それは──
快感、だった。紛れもなく。
他の誰でもない、この自分にだけ向けられる、強い視線。
鈍い自分でも、容易に気が付くほどの、強さ。
──悪くない、な。
ここまであからさまな視線だと、かえって気持ちイイか、と拓海は思っていた。
常日頃からボケていると、拓海はさんざ言われている。最近になってようやく、そうかもしれないと自分で思うようになった。
…いや、正確に言えば、拓海はボケているというよりも、周りへの関心が薄いのだった。それはもう、極端なほどに。
大概のものは自分にとってどうでもいいことばかりだから、無関心で、そして寛容でいられる。
だが、そうやって拘るものが人より少ないだけに、一度興味をそそられたものには、とことん執着する。
それこそ、これしかないと言わんばかりに。
…多分、誰よりも強く。きっと、もっとずっと長いあいだ。
元々欲がない分、自分の中で生まれた数少ない欲には忠実になる。その勢いをとめることも、譲ることも、しない。
──欲しい。
──だから、欲する。
ただ、それだけ。
その欲に対し、心は素直だった。理性も倫理も、その妨げにならない。
そんな自分の性質を、拓海は自覚しているわけではなかったけれど。
啓介の視線は、拓海は以前から感じていた。
何を言うでもなく、ただ真っ直ぐに強い主張をし続ける、眼差し。
出会った頃から、今も変わらず。
それは、居心地は悪いどころか、どちらかというと好ましい類のもので。
逆に、疎ましいとか、煩わしいとか思わないのが、自分でも不思議なくらいだった。何故なら、啓介と会う回数はそう多くないのに、いればいたで、強烈な存在感が彼にはあったりするから。そんな彼が、自分を見ているのだから。
会えば必ず、時折絡んでくるきつい視線。
そう──啓介の視線に曝されているのは、イヤじゃない。
イヤじゃなかった、というだけのはずの…それが。
いつ頃からだろうか。それだけでは、満足できなくなった。
何かが足りないと、感じるようになったのだ。
理由はわからない。
もしかして、見つめられる視線に慣れてしまったからなのか。…どうも、それも違う気がした。
どうしてだろう。
わからない、けれど。
でも、いつしか拓海はこう思うようになった。
もっと、ちゃんとオレを見て下さい──
ただ、思うだけだ。だって、誰にも言えないような感情なのだ。
勝手だな、と拓海は我ながら思う。
そう願う自分こそ、啓介をちゃんと見ているのか、わからないのに。
だが、それが正直な気持ちだった。
その目には、『オレ』が、ちゃんと映ってますか?
見えてればいいと思う。そうでなければ、見えるまで、自分を見続けて欲しいと思う。
拓海は、そう思ってしまう自分に、ちょっと自分で突っ込んでみた。
──オレって、今、欲しい欲しいって言ってるだけのガキ?
内心で少し苦笑して、でも口に出して言わないだけマシだよな、と一人納得する。
拓海にしても、自分がこんなことを考えるようになるとは、実際意外だったのだ。
他人に、執着するときが来るなんて。
しかも、いつもの「何となく」という曖昧な感覚じゃなくて、自覚症状付きで。
誰も、自分がこんなこと思ってるなんて、知らない。誰にも言ってないのだから、当たり前だ。
思っていても、言うつもりもない。絶対に、誰にも。
だけど──いや、だからこそ。
そうやって秘めている分だけ、ますます思いは強くなっていく。
表に出していないからこそ、余計に。
.....続く
|