Anniversary 作/陸深ユキヤ様 

2001.9.24.up

―Anniversary―


「あれから一年経ったんだなあ…」
拓海は薄明かりのベッドの上であぐらをかきながら呟いた。
申し訳程度に腰へシーツを巻きつけて、上半身裸のままに拓海が陣取っているのはキングサイズのベッドの上。
枕元を見れば明かりを調整するための操作パネルがある―――。拓海がいる場所はいわゆるラブホテルというところだった。
当然ひとりでこんな場所に用があるはずもなく、いっしょに入った相手はバスルームを使用中だった。
会えば必ず体を重ねてしまう相手は高橋涼介という五つも年上の自分と同じ男。
その、人には言えない関係が始まってから一年が経とうとしていた。
「なにが一年なんだ?」
「えっ、うわぁ!」
いつの間にバスルームから出たのか涼介が腰にタオルを巻いただけの格好でベッドサイドに腰掛けていた。
自分の思考の中へ入りかけていた拓海は驚いて声を上げた。
「早かったですね…」
跳ね上がった心臓を抑えて涼介を見る。白い肌に自分が刻んだ印がまるで花びらを散らしたように艶やかだった。
久しぶりに会ったせいでかなり貪欲に求めてしまったにもかかわらず…ドクンッ…とまた下肢が疼く――。
意識を逸らそうと目線を上げて見れば、涼介の濡れた黒髪の先端からはまだぽたぽたと雫が落ちていた。
「ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ、涼介さん」
「このくらいどうってことないさ…」
心配する拓海に笑みを見せて、涼介は弄ぶように露を含んだ前髪に指を絡める。
「だめですよ。…ほんとにこういうとこはいい加減ですよね…」
この一年で涼介にいろいろな面を見せ付けられた。冷静沈着、容姿端麗、眉目秀麗…数え上げたらきりがないほどの誉め言葉を受けているにもかかわらず、付き合っているうちにことごとくとは言わないまでも裏切ってくれて…。
オレでさえ知っている医者の不養生と言う言葉はまさに涼介さんのためにある言葉だ…と拓海は思った。
濡れたままの涼介の髪を拭こうと辺りを見回す。バスルームへ行けばタオルがあるとわかっていても、疼いた下肢を晒すことなんか出来ないし、キングサイズのシーツなんて巻いていけるものでもない。
拭けそうなものは涼介が腰に巻いたタオルくらいだと判断して、拓海は涼介を押し倒した。
「なっ?! 藤原…?」
急に倒されたせいで涼介の体がベッドのスプリングにバウンドする。
そうして腰が浮いた瞬間にすかさず拓海はタオルを剥ぎ取った。
「おまえっ! ちょっ…と…」
体を起こし抗議の声を上げる涼介にかまわず、拓海はガシガシと涼介の頭を拭く。
露になった涼介の下肢を見ないようにと目を瞑ったまま忙しなく手だけ動かした。
「ちゃんと拭いてこなかった涼介さんがわりぃーんです!」
照れくさそうにそう言う拓海に思わず涼介は笑みを零してしまう。
「目を瞑らなくても…今更…だろ?」
「いいんですっ…このままで。…もう拭けました?」
「ああ……」
拓海はタオルを涼介の腰辺りに掛けるように置いて目を開けた。
「ほんとに…付き合う前まではこんないい加減な人だと思いませんでしたよ」
涼介の隣りへ座りなおして、肩を落とす。
「きちんとしているのは車のことと医療に関してだけだなんて何人の人が騙されてるんだか…」
そういうオレも騙されてたんだよな…と拓海が前方の壁を見据えていると腰の辺りに何かが触れた。
「一年って付き合い始めてからのことだったんだな…」
拓海の体に手を這わせながら涼介が呟く。
「過去なんて振り返っても仕方がないだろ? それとも後悔してるとか?」
触れる手をさわさわと移動させて、涼介は遊んでいるようだった。
「後悔なんかしませんよ。絶対…」
後悔するくらいなら最初から付き合ってなんかない…。想いを募らせていた日々の長さこそが後悔の対象で、
両思いだと知るまでにかなりの時間を費やしていた。その時の切ない想いはきっと一生忘れることなどないだろう。
「涼介さんこそ後悔してるの?」
出会ってから6年、いつだって気になっていたのは涼介の気持ちだけだった。
片想いの5年間も付き合ってからの1年も…そしてそれはこれからも変わらないと思う。
レーサーと医者という職業の違いからすれ違う日々を過ごして、会えない時間の長さがそう思わせるのかもしれなかった。
「オレか…? 後悔する気はないけど、おまえに会わなければよかったと思った時もあるよ…」
這わす手を止め、拓海の背中に額を預けて涼介はそう言った。
その言葉に拓海の体が強張る。その先を聞きたくなくて言葉を挟もうと拓海が口を開くと
「おまえを失うのが怖い…。会ってなければそんな想いはしなかった…って」
涼介は続けてそう言った。拓海は緊張を解くと背後から抱き締める涼介の手にそっと自分の手を重ねた。
「そういう想いならオレも…」
剥がすように涼介の手を取り、拓海は涼介と向かいあうように座り直す。
「医者とレーサーなんてどっちも死が近くてそんな感情、慣れているはずなのにな」
肩へ手を回し、額を寄せるようにしてお互いの顔を覗き込む。
「慣れるなんて無理ですよ…。離れてるのでさえつらいのに。でも…なんかホッとした。後悔しているって言われるかと思ってたから…」
「そういう意味の後悔ならしないよ。おまえもそうだとは思ってたけど」
「ならなんで聞くんですか?」
「確認…かな?」
呆れたような拓海に涼介は笑った。
「望む返事じゃなかったら体に聞いてやろうかと思ってた」
そう言って、拓海の下肢へ手を這わす。
「ちょっ…、涼介さんっ?!」
やっと落ち着きを取り戻した拓海の下肢がまた疼いて頭をもたげる。
「正直だしな…藤原は」
くすくすと笑いながら涼介は掛けてあったシーツを剥いだ。拓海は露になった自身を慌てて抑える。
「やめてくださいよ…もう!」
恥ずかしさのせいか、怒りのせいか拓海は顔を赤くしたまま、シーツを奪い返そうと片方の手を涼介へ伸ばした。
その手で勢いをつけてシーツを引っ張ると涼介はすんなりとシーツを放す。
余った勢いに拓海はベットへ倒れこんだ。
「いい格好してるぞ、おまえ」
ベットへ仰向けになった拓海を見下ろし、涼介は拓海の体を跨いで膝の辺りに座り込む。
「ふざけないでください!!」
「さっきのお返し…。いきなりタオル剥ぎやがって…」
「オレ…目ぇ瞑ってましたよっ」
「言い訳…だな」
そう言いながら涼介は拓海の下肢を手で包むとゆるゆると刺激を与え始めた。
「体はうそなんか付けないだろう? 後悔してるならタオル剥いだくらいで反応なんかしないだろうし…」
「気付いてたんですか…」
拓海は恥ずかしさでますます顔が赤くなった。今のこの体勢も恥ずかしいが、涼介の髪の毛を拭こうとタオルを剥いだ時のことまで言われていたたまれなくなる。涼介の素肌を見ただけでも反応してしまう自分を恨めしく思った。
「だから後悔なんかしてないって思ってたよ…」
ベッドサイドの柔らかな明かりに照らされ、艶やかに映る涼介の唇が近づいて拓海の唇を塞ぐ。
拓海は涼介の背中に手を回すと涼介をそっと抱き締めた。
「さっきシたばっかりなのに…オレ…」
帰り支度をしようとシャワーを浴びた涼介を思って戸惑う。
「気にするな…オレが煽ったんだし…。それに…オレも…」
そう言って視線を落とした涼介の下肢が質量を増していた。
「涼介さんの体も正直…でしたね」
拓海のその言葉にふたりはくすりと笑いあった。



「藤原…」
涼介が2度目のシャワーを拓海と浴びて、ふたりで帰り支度をしている時に拓海を呼んだ。
「なんですか? 涼介さん」
上着に手を通しながら拓海が聞き返す。振り向いて涼介を見るとセカンドバックから封筒を取り出すところだった。
その茶色の封筒を拓海へと差し出す。
「…これなに?」
受け取った封筒の一部に小さなふくらみがあって紙以外のものが入っているとわかる。
手紙かなにかだと思っていた拓海は思わず涼介に問い掛けた。
「いいから…開けてみろよ」
涼介に促されて拓海は封筒を開けた。中から出てきたのは住所の書いてある紙と鍵がひとつ。
「…鍵?」
「マンション買ったんだ…おまえさえよければいっしょに住まないか」
「涼介さん…」
驚いて顔を上げると照れくさそうな涼介の目と合う。
「この一年オレなりに考えたんだ…。仕事も違うし、いっしょに住んだからといって会える時間も今までと
変わらないのかもしれないけれど、オレが帰りたい場所はいつだって藤原のところなんだよ…」
そう言って涼介は拓海の肩へ凭れる。
「いっしょにいてくれ…」
拓海は涼介の体を包むように抱き締めた。
「オレも…同じこと考えてた…。あれから一年経ってそれでもそばにいたいと思えるならいっしょに住みたいって。マンション買うのは話してからでいいやって…買わなくてよかったよ」
「そう…だったのか?」
拓海は抱き締めたまま苦笑して涼介を見る。
こういう思いついたら即行動してしまうところは昔から変わらないやと思った。
こっちの都合なんかお構いなしで、花束付きでバトルの申し込みするし、赤城からスタンドにまで押しかけて来てたし…。
6年前の出来事を思い出して笑う拓海に涼介は不思議そうな顔をした。
「なに…?」
「…今までもこれからもずっと涼介さんだけ見てるよ、オレ。そういう強引なとことかちょっといい加減なとことかいろいろな涼介さんを見てきたけど…まだオレの知らない涼介さんもいるんだよね…」
真剣な目で拓海は涼介を見返す。
「藤原…」
「全部オレに見せて…。オレのそばにいて…。いっしょに住もう…」
拓海はそう言って涼介に深く口付けた。


未来への……記念日―――――。



終     

   

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