祝いの日を君と 

2008.8.27.up

   灼熱の日差しが、肌に針のような痛みを以て突き刺さる。
   乾ききった風は熱を帯び、緩やかに身体をなぶる。
   湿度はおそらくゼロに近く、ただただ、雲一つない空の上からの陽光を容赦なく浴びる。
 

 数年前に宮田が異国の地で体験したあの夏の面影は、この日本にはない。
 …いや、確か向こうでは『夏』ではなく『暑季』というのだったか。
 しかし今、ここにいる宮田の身体を包んでいるのは、ビニルハウスとミストサウナを足して二で割ったような生温い大気だ。
 こもった空気は水分を多分に含み、身体に重たくまとわりついてくる。
 吹く風は強くも弱くもなく程良い程度のものだったが、湿度も温度も十分な量が練り合わされているから、べたつく肌が気持ち悪く、少しも有り難くない。
 少し『雨季』に似ているかもしれない、とそう思った。但し、スコールがない分、湿度が常に高く保たれたままで、一時でも忘れたい不快感はいつまで待っても解消しない。
 日本の四季の中で夏という季節に、宮田が特に好感を持ったことはない。だが、練習時に身体を温める時間が短くて良い点と、汗をかきやすいという点では、悪くはないと思えた。その分体力が奪われるが、ウェイト調整は比較的楽になる。
 しかし生憎、今夏に試合の予定はなかった。
 相手の事情と己のそれとが噛み合わないのは致し方ないことだ。むしろ逆に自分に都合の良い条件なんて、何においても早々望める筈もない。別段それは当たり前のことで、『皮肉』と呼べはしない。
 
 暑気にあてられたせいなのか、どうにもくだらないことをさっきからずっと考えている気がする。
 宮田は誰にもわからない程度の淡い苦笑を口元に浮かべ、タオルで汗を拭いた。
 溜息は、辛うじて堪えた。
 
 そう。
 現実として皮肉だと思えることはいくつもあって、その度に一々溜息を吐けば、より一層気が滅入ってしまう。だから、本当の意味で溜息を吐くなんていうのは大分昔にやめた。
 思うようにいかないことはザラにある。
 ただ、”彼”が絡むとそういう場面に出会すことが多いと感じるのは、決して自分の気のせいではないと、宮田は思っている。
 理不尽を感じるのも、ある種の諦念を抱くのも、宮田にとって当たり前のことになってしまったが、それはとある条件付きにのみ多い現象。
 ──あいつが、いるから。
 目の前の黒いサンドバッグを睨むと、直ぐさま一人の人間の面影が浮かび上がる。
 丸い目、丸い頬の、お人好し。太い眉に、強い意思を宿らせた瞳。リングの上では、日本屈指の破壊力を秘めた拳を持つ男。フェザー級の、日本王者。
 幕之内一歩。
 宮田自身が拘るが故に、宮田を一喜一憂させるのも彼だ。
 その彼を、宮田は何度落胆させただろうか。多分、その回数は少なくない。
 試合の約束を取り付けたのは自分の方からで、一歩の方もそれを受け入れてくれたと思う。だが、リング上で彼と相対することがこんなに数年単位の時間を掛けても叶わないものだとは、当時の自分は考えもしなかった。
 それらのことを、宮田はつい先頃、自分の側から遠ざけた。
 文字通り、幕之内一歩についての全てをだ。
 宮田の方から、線引きをしたのだ。宮田の進む道が一歩のそれと交差することはないと、一歩にはっきり告げた。いつまでも曖昧な状態でいるくらいなら、白紙に戻す方が良い。もっと早くにそうすべきだった、とさえ、今となっては思う。
 約束をした時同様に自分で勝手に決め、手前勝手な結論を一歩に押し付けた。言い出した己から切り出すのが筋だと、そう考えたからだ。
 唯一無二の何かを失ったという大きな喪失感が宮田の胸に空洞を作ったが、そんなのは自業自得だ。
 ──これからは、あの男に関わることはない。
 ──あいつの対戦相手になれる権利を、自分は失った。
 それが決定事項だった。そうするためにわざわざ訣別の儀式をしたのだ。
 
 だけれども、結果として宮田のそうした決断イコール、完全なる関係性の終焉、ではなかったのである。
 
 
 *   *   *
 
 
「……くん。宮田くんってば。聞いてる?」
 一人暮らしの宮田のアパートで、床に座ってベッドに背を凭れさせた一歩が、同じベッドの端に片膝を立ててぞんざいに腰掛けている、斜め後ろの宮田をそっと上目遣いで見やる。
 宮田はそっけなく答えた。
「…聞いてねえ」
 トレーニングが終わるのは遅い時刻だ。ボクシングジムというものは、その殆どが夕方から扉が開く。
 つまり今は、夜更けと呼べる時刻なのである。即ち、身体を休めるべき時間帯だ。
 そんな時間であるというのに、何故自分は、この幕之内一歩のご訪問を受けねばならないのか。
 宮田は自問したが、答えは出ない。
「お前、何でここに来た」
「えっ? 何でって……だって宮田くんが……」
「オレが、何だよ」
 じろりと睨むと、ちょっぴり怯むも、小さな声で一歩が答えを返した。
「で、電話で、来ても構わないって、言ったでしょ…?」
「………………言ったけど」
 ぷいと横を向いて呟いた。
 トレーニング終了後、どこに寄り道することもなく真っ直ぐアパートに戻った宮田は、暫くしてから一本の電話を受けた。相手は一歩だった。
「家の仕事があるっつってたじゃねえかよ、前に」
 一歩は肩を落として切なく溜息を吐いた。
「…宮田くん、さっきのボクの話、全然聞いてなかったんだね…。さっきも言ったけど、夜釣りの予約がキャンセルになったから、時間が空いたんだよ。それで、ね」
「それで?」
 一歩を一瞥すると彼は、う、と言葉を詰まらせて顎を引く。少々怯みはしたが、口を閉ざしたりはしなかった。
「そ、それで、その。宮田くんがいいって言ったから。め、迷惑じゃないとも言ってくれたし、来たいなら来れば、って、そう言ってくれたよね?」
「……ああ」
 渋々といった体で頷く宮田に、一歩の表情は曇った。
「…………えと…本当は嫌だった…? だったらごめん……」
 頭を垂れてしょんぼりと肩を落とす一歩は、リングの上とは全く違い、とても小さく見えた。
 この姿を目の当たりにしたら、日本王者とは誰も思うまい。
「本当に嫌だと思ってたら、オレが容易く家に上がらせるかよ」
「ほっ、ほんとに?」
「ああ」
「…良かったぁ」
 ぱあっと一瞬にして顔を輝かせて笑う一歩を見て、宮田は僅かに目を逸らし、きゅっと唇を引き結んだ。
 
 こういう、いわゆる仲良しさん的な友達関係になるのは、予定外だった。
 一方的であっても、見た目だけであっても、宮田が望んだことはなかった。
 
 一歩が何かと宮田の前に姿を現すようになったのは、宮田にとって『訣別』だった言葉を一歩にたたきつけてからだ。
 鴨川会長には、父子ともども絶縁を言い渡された身だ。鴨川ボクシングジムに所属する一歩もそのことは知っているだろうし、宮田もわざわざ確認したわけではないが、”宮田に近付くな”というお達しが一歩に出ていることは確実だった。
 なのに、今までは一歩と年に数回顔を合わせるかどうかだった機会が、例の宮田の宣言の後から急激に増えていた。それも、主に一歩からの接触ばかり。
 これまでも、一歩から特別な目で見られている自覚くらいは、宮田にもあった。そしてそれは、将来対戦したい選手としての興味や関心があるからだと思ってきた。宮田自身、その思いは鎮火せず現在進行形で残っているから、一歩の気持ちはよくわかる。
 …だが、問題は宮田本人の、それ以外の感情にあった。
 ライバルとしてだけではない感情も、宮田の中には宿っていた。割り切れなくて、遠くにいても忘れられず、けれどあまり一歩の側にいすぎると抑えるのも難しそうだからと、敢えて一歩との個人的接触を避けた。その想いが、恋に類するものだとも既に認めていた。鷹村や木村、青木のからかいも、もう簡単に流すことも難しくなっている。
 一歩からの憧れの眼差しが常に自分の後ろについて回っていることは自覚していた。しかし、流石に一歩の中に己と同様の気持ちがあるという期待は微塵もしていない。
 カノジョと呼べるような存在が一歩にいることを、宮田は知っていたからだ。
 だから、初めから全く、期待しなかった。
 だが、最近はどうも勝手が違う、と宮田は困っていた。
 先日もそうだった。
 いつもの如く、バイト終了直後に一歩に襲撃(?)され、運悪くボクシングの練習まで時間の空いていた宮田は、話の流れで二人して衣料品を求めて彷徨うことになった。体格も容姿の印象も全く違う二人だが、それだからこそ相手に似合う服を選ぶ時には案外的を外れておらず、なかなかのマヌカンぶりを互いに発揮した。相手の選ぶ色が気に入らない、と思っても、いざ身体に当てて鏡を見ると意外と合っていたりする。逆に一歩が自分用にと見繕った品については、それだけはやめておけと幾度か宮田は一刀両断した。逆のパターンはなかったが、元々衣類など買う気はお互い更々なかったのに、別れ際には二人とも袋を手に持っていた。
 じゃあまたね、と笑って手を振る一歩に、宮田は思った。そんな面をオレに見せるな、と。それくらい、一歩の表情が幸せそうに見えた。
 宮田の一挙手一投足にコロコロと表情を変え、嬉しげに微笑んだりする一歩の宮田を見る目が、会う度に宮田に誤解をさせる。
 じっとこちらを見る時の、瞳にあるその色も。二人の間にある沈黙が苦しくて勢い良く喋り出す時の、表情も。きらきらと瞳を輝かせて頬を薔薇色に染めながら、宮田の話を聞いている時のその仕草も。全部が全部、単なる元ジムメイトやボクサーの知人として見せているんだと、宮田はそう思わなければいけないところなのに。
 もしかして。一歩は宮田に、宮田と同じような特別な想いを抱いているんじゃないか、と。
 会う回数が増える毎に、都合の良い期待をしそうになる愚かな己がいる。
 
 思い出した記憶の断片を振り払うように頭を振って、宮田は長い前髪をサラリと掻き上げた。
「…お前、今日の仕事がなくなったからって、こんな遅くにオレんとこ来てどうするつもりだよ」
 まさか泊まるとは言わないよな。と、楽な気分で言い捨てた矢先、一歩の声が宮田の耳に響いた。
「んっとね、宮田くんは明日はバイトもジムも休みでしょ? ボクシングのビデオ、この前言ってたやつ持ってきたから一緒に見ようと思って。それで、ね。今晩は、できたら宮田くん家に泊まらせてもらえたらな、なんて……。いきなりだけど、ダメかなあ?」
「…………っ!?」
 声もなく、宮田は目を剥いた。
 視線の先の一歩は、ちょっと下を向いて頬や耳を赤く染め、落ち着かない所作でもじもじしている。構わない、と宮田が言ってくれればいいな、という期待が、ちらちらとこちらを窺い見る目にあからさまに出ている。
 ちょっとマテ、と一歩に即座に言いたいのを、宮田はぐっと堪える。
 一歩が宮田に進んで関わるようになって暫くしてから、一歩に対して言った言葉を思い返していた。
 
『こうしょっちゅうオレに構ってると、鷹村さんにまたホモ呼ばわりされる羽目になるぜ』
『いいもん。そんなのボクもう慣れたし。…宮田くんと会ってることを会長に告げ口されたら困るけど、鷹村さんがそういう人じゃないのはわかってるから』
 あっけらかんと笑い飛ばした一歩に、もうひとつ踏み込んで、言った。
『呼ばわりどころの話じゃねえんだけど』
 意味がわからず首を傾げる彼に、意地悪な笑みを見せた宮田はこう告げた。
『鷹村さんから聞いてないのか? オレが両方いけるクチだって。お前が余計にホモ呼ばわりされてたのはそのせいさ。…だから、不用意にオレに近寄るな。魔が差して、ってこともあるかもしれないぜ?』
 らしくもない長台詞は、牽制のための言葉で、半ばウソだった。冗談でしたと言えば笑って済む話だ。
 だが、言った宮田当人にしかわからないことだけれど、実の所は、台詞の全てがウソなのではない。
 すると、数秒の後にようやく理解した一歩が、何をどう考えたのか知らないが、かあっと顔を紅潮させて、目を大きく開いてパチパチ瞬きした。そして、これまたやっぱり何を思ったのかわからないが、ぐっと拳を握り締めて大きな声で宣言した。
『の、の、の、のぞむところだよっ! だってボク、宮田くんのこと大好きだもん!』
 まるで小学生同士の親友宣言のノリだ、と宮田は内心思った。同時に、引かれなかった分、ひどくホッとした。
 下手な冗談だと一歩は捉えたのかもしれない。だが、少なくとも一歩の中の宮田像からはかけ離れた台詞だろうから、その内容を忘れはしまい。
 それだけで良かった。忘れないでいてくれれば、牽制の効果は表れるに違いないと思った。
 
 このやり取りは、昔のことではない。せいぜいひと月前というところ。
 やっぱり一歩は本気にしてはいなかった。
 それは仕方ないことだが、現状、非常に困る事態であるのは確実で、宮田は大いに焦った。
「あ、ボク別にお布団なくても、板間でも平気で眠れるから気にしないで。ほら、こんな暑いくらいだからさ、何もなくても風邪なんか引かないよ。身体の作りは頑丈なんだ」
 宮田の無言を拒否と取った一歩が、何とか承諾を得ようと笑顔で懸命にまくし立てている。
 その様子にはいじらしささえ感じられたが、内容はまともに耳に入ってこず、宮田はこの場を丸く収める断り方を模索しながら、低く返答した。
「それは、…まずいだろ」
「え…。…ご、ごめん、やっぱりいきなりはまずかった、ね……」
「……そうじゃねえだろ。……まずい、の意味が違う」
「…? どう、違うの?」
「どう、って……それは、…………」
 言葉を途切らせた宮田に、一歩も同じように黙った。軽く俯き、僅かな苦笑を浮かべる。
「ボクだからダメ、ってこと…?」
 耳をそばだてないと聴こえないような小声で言った一歩が、両膝の上の両拳を強く握った。
「え? 今、何つった?」
 少しその拳が震えていることを宮田が認識する前に、ぱっと顔を上げた一歩は無理矢理笑みを作った。
「っな、何でもない。じゃあ、ボク、やっぱり今日は帰る。あの、ごめんね遅くにお邪魔して」
「……いや、別に」
 勢い良く立ち上がる一歩の動作は素早く、その表情を宮田は見ることが叶わなかった。
 急いで玄関に真っ直ぐ向かう一歩はまるで逃げるみたいで、宮田も何となく、同じ早さで追う。
 靴を半ば履いてから、くるりと宮田の方を振り返った一歩は、ポケットから紙袋を取り出して宮田に押し付けた。つられて手を出し、しっかり受け取ってしまった宮田は、手の中のそれと一歩の顔を交互に見る。
 タイミングが何だかずれちゃったけど、と一歩は一つ苦笑を漏らす。
「お誕生日おめでと、宮田くん」
 そうして、ふわりと柔らかな笑顔で、シンプルな一言を放った。
 全く予期しない言葉に、宮田の一切の動作は停止した。
「…誕生日?」
 宮田が呟くのを聞き咎めた一歩は、不思議そうに首を傾げながらも頷いた。
「うん。今日だよね。だからそれはプレゼント。ボク、こういうの選び慣れてなくって、普通の実用品なんだけど。……え、と、宮田くん? もしかして…自分の誕生日だって気付いてなかった……?」
 宮田が呆然としていると、その顔が余程間が抜けていたのかクスッと笑われた。一睨みすると慌てて一歩は顔を背けたが、笑っている様子なのは変わらない。顔を伏せていても、密かに笑い声が漏れている。
 なるほど、と宮田は回転の鈍い頭で得心する。泊まる、と一歩がいきなり言い出したのも誕生日イベントの一環かと考えると、自然なことかもしれない。
 一歩をアパートから追い出しかけたところで、場所も玄関先ではあったが、ほんわりとした雰囲気の中だとこういうことも言いやすかった。
 腕を組み、片目を閉じて、しょうがねえなという態度を宮田は装った。
「──前言撤回。泊まってってもいいぜ。今夜に限っては特別に」
「え。い、いいのっ? ホントに!?」
「何度も言わせるな。ビデオ見るんだろ、ほら」
 一歩の腕を引っ張って部屋へ戻ろうとする。と、三和土に降りて半ば靴に足先を突っ込んでいた一歩は脱ぐのに失敗し、数センチの段差でものの見事にコケた。
 どたん!と音を立てて床に転がる。
「いったぁ〜」
「わ、わりぃ。大丈夫か」
「だ…大丈夫…だけど。もうっ、宮田くん! ボクまだ靴脱いでなかったのに!」
 恨み言を喚いてから、二人同時に気付く。
 転んだ一歩に合わせて床に跪きしゃがんでいた宮田と、腕を掴まれたまま床から起き上がろうとする一歩の顔と顔の距離は、とてつもなく近かった。息遣いが重なっている。そんな距離だということは、ほんの少し身を寄せれば、キスだってできるわけだ。
 途端に顔色に変化を見せた一歩に、宮田は思わず突っ込む。
「……何でそこで赤くなる」
「え、いや、あはは…」
 顔を赤くして焦る反応もまた、一歩らしいといえばらしい、のだが。
「あんまり期待させんなよ」
「…宮田くんこそ」
 低い呟きに即返ってきた台詞は意外で、宮田は目を丸くした。
 一歩を凝視していると、観念したように息を吐いて、一歩は苦笑してみせた。
「……宮田くんのこと好きって言ってるボクのこと、拒まないで相手してくれて。無理を承知で言ったのに『泊まっていい』なんてさ。……普通なら誤解しちゃうトコだよ?」
 ごまかして赤ら顔で笑う一歩に、合わせて笑うことは宮田にはできなかった。
 ──好き、って……まさか、前に言われた小学生親友宣言の如きアレは本当の本当に、本気の告白だったってのか!?
 そうだとしたら。いや、多分そうなのだろうが。
 宮田に期待させる一歩の言動の数々は、宮田の願望を含んだ妄想ではなくなる。第一に、大前提として、牽制として言い含めた宮田の台詞を、一歩が冗談として取らなかったということになる。そしてそれ以前、今後一歩に関わるまいと決めた時から、一歩はボクシングとは無縁の所で宮田に積極的なアプローチをし始めた……。ボクシングでは関われないと、無意識にも感づいていたということか。
 つまり宮田の気持ちとは関係なく、一歩の想いはあったのだ。初めから。
「………………馬鹿か……」
 溜息は吐くまいと決めていたのに、脱力のあまり、その嘆息は果てしなく長かった。
「う。いきなりそれはないんじゃ…」
「いや、オレが。……まあお前もか」
 何を言ってるの、と問い掛ける一歩の目を、宮田はじっと見つめた。
 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に、宮田への好意を隠さない彼に、今更のようにくすぐったい思いが沸き上がる。
 一体何から言えばいいのか。
 沢山あるような、ないような。但し、山ほど言いたいことがあったとしても、基本天の邪鬼な自分が皮肉以外を語れるとも思えない。
 だから、考えなくてもいい、という結論にすぐに達した。
 今夜一晩ある。時間の猶予は十分だ。
 そうだ。まずは一言、端的に。
 
 ──告白から、始めようか。



終     

   

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