手錠-6- 

1999.11.26〜12.18.up

*** エピローグ ***

 目が覚めると、硬質のものが、手首に付けられていた。
 かしゃん。
 動かすと、そんな味も素気もない音がする。
 見るまでもなく、手首と手首の間は、鎖で繋がれている。
 その物体は、手錠、であった。
 自分に填められたシルバーのそれを見、次に近くの椅子に座ってこちらを向いている宮田を恐る恐る上目遣いに見て、一歩はひきつった愛想笑いを浮かべた。

「み、宮田くん…? こ、これ、捨てたんじゃなかったの…?」

 …先日の自分の所業を振り返らざるを得ない、一歩だった。
 そう──確か、あの後、宮田はこれを鍵ごと持っていったのだ。オレがきっちり捨ててやると、そう言って。
 そして、あれから数日経った現在。
 捨てられたはずのそれが、今は一歩の手首をちゃっかりしっかり掴んで、離さない。
 ──と、いうことは。

「捨てようかと、思ってたんだがな」

 不敵な笑いを仄かに口元に浮かべ、近くの椅子からゆっくりと立ち上がった。少々長めの前髪をかきあげて、一言。

「…気が変わったんだ」

 宮田は、そう宣った。
 ──最初からこうするつもりだったんでしょう!?
 その叫びは、一歩の口から出ることはなかった。
 …人生諦めが肝心。何しろ、言っても詮無きことだ。
 やっぱり、あの日は調子に乗りすぎた、などと思ってみても、今更である。
 遅すぎる後悔をしていた一歩だが、ふと気が付くと、目の前に宮田が立っていた。
 その滅多に見られない微笑みが、どう見ても"不敵"かつ"不遜"なのは、自分の目がおかしいのだと、そう思いたい一歩だった。さらには声音も、目に浮かぶ光も、とっても愉しそうなのである。
 宮田は微笑みつつ一歩を見て、満足そうに一つ頷いた。

「ふーん…なるほどね。確かに、こんなのしてると倒錯的だな。………オレにはそんな趣味ねえけど」

「そ、そうだよねっ?」

 我が意を得たり、と言わんばかりに勢いづいて喜色を露にした一歩に、宮田はサクッと釘を刺した。

「でも、たまにはいいかもな、こういうのも。………そうだよな?」

 否やとは言わさない、妙に迫力ある宮田の微笑み。
 これに逆らえないのは、自分だけではないはずだと、心の隅で思いつつ。

「………そ、そう、かもね………」

 ガックリと頭を垂れて、一歩は乾いた笑いとともに、呟いた。
 決して、嫌ではないのだ。これからの展開そのものが嫌なわけでは、ない。が、今のこの場合、多分に報復的要素が含まれているかと思うと、暗澹たる思いがするのである。
 もちろん身から出た錆、ということなのだが。

「後ろ手にしなかっただけでも、ありがたいと思えよ」

「う、うしろ…」

 ギョッとする一歩の表情を面白そうに眺めて、宮田は続けた。

「それから。オレの主義が倍返しってのも、お前は知ってるよな?」

 倍返し。
 周りの空気が一度下がったような気がする。
 再確認されて、逃げ出したい心境に陥った一歩であった。
 そう。それを一歩は随分前から承知していた。どんな場合でも、気に入らないことがあれば、問題の大小を問わず、宮田はほぼ例外なく『倍返し』なのだ。特に、一歩に対しては。
 さらに一歩にとって都合の悪いことに、ことこういう方面に関しては、宮田は良くも悪くも手加減ナシなのである。しかも、どうも意識してやっているようで、余計に始末が悪い。
 ──やっぱりあの日のコト、ボクに仕返しするつもりなんだ…しかも倍返しで………。
 悪あがきだと知りつつ、一歩は諦め99%の虚ろな笑みとともに、宮田にお願いした。

「えっと…お手柔らかにって、言っておこうかな、一応………」

 そのセリフに、宮田はどこか艶やかに喉の奥で笑い、そっと唇を合わせた。
 口唇を啄むだけの触れ合いから、次第に舌を忍ばせていき、柔らかな口内を互いに行き来する──その感触に酔いながら、一歩は唇が触れる直前に呟かれた宮田の言葉を、頭の中で反芻した。

「…聞いておくぜ、一応。………でも、忘れっぽくてさ。最近特に」



後日談。
 一歩のセリフは、見事なまでに、宮田にきれいさっぱり忘れ去られていた。
 意識的かどうかは………言わずと知れたことである。



終     

   

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