其の名は 

2004.12.18.up

─side Curarpikt─
 
 私は多分、随分前から彼らのことを見ていたのだろう。
 仲間である彼ら。
 その中でも、ゴンとキルア。
 同い年の友達は初めてなのだと、そう言っていた二人のことを。
 
 
 古い記憶を掘り起こせば、ハンター試験の頃に目にしたであろう彼らの会話振りややりとりの内容が、確かに私の脳裏に蘇る。
 その頃──つまり出会った当初から、私は彼らを気に掛け、視界に入れていたのだ。


 ゴンとレオリオとの初顔合わせは、ハンター試験に向かう船の中だった。キルアとは、第一次試験の会場で見掛けたのが最初だ。
 彼らとの初対面はどれも印象深い。
 まず、レオリオの第一印象は滅法悪くて忘れようもなかったし、ゴンは言動の一つ一つが突飛で目が離せなかった。キルアは纏う空気が独特で、良きにつけ悪しきにつけ目立つ存在だった。私だけではなく他の受験者にとっても、何か感じ取れるものが彼らの中にはあったはずだ。
 そして、ハンター試験の最中、ある日を境に彼らと共に行動することが多くなった。
 どういう経緯でそのようになったのか──
 私は正直、はっきりと思い出すことができない。今となっては、成り行きというか偶然というか、そういうものの積み重ねで共に行動するようになったとしか考えられない。
 理由はどうあれ、結果として私は、全く異なったタイプの人間と初めて友人になった。
 彼らのような人間は、私の周りにはいなかったのだ。
「友人…。仲間──か……」
 どこかしらくすぐったい響きに照れ臭くなって、微かに吐息を漏らす。
 同じ受験者の中に【仲間】というものをこの私が持つことになろうとは、試験を受ける前は思いも寄らなかった。何故なら、私は一族を失った哀しみに囚われて、誰かと深く関わり合う前にその人を失う可能性を考えてしまうようになっていたから。つまり、より親しい関係を築くのが怖くなっていたのだ。
 なのに、いつの間にか──恐さを感じる暇もなく懐に入られ、気付けば既に絆が芽生えていて、彼らは私の中で譲れぬポジションを占めている。
 私にとってのクルタの一族同様、とても大切で、大事な──失いたくない存在だ。
 
 そして、現在。
 私は自分でも制御できない感情に、囚われていた。
 とりわけその内の一人に、特別な感情を抱くようになるなど──
 
 あってはならないことなのに。

 
 
 
 *  *  *

「ねーねーキルアー、これってさ、どのボタン押したらいいわけ?」
 私の視界ギリギリに入る位置に、ゴンとキルアが並んで座っている。
 その声音だけで、ゴンの困った顔が目に浮かぶようだ。
「ったく、さっきも言ったろーが! こういう時はこれ。で、そうじゃない時はこのキーだって!」
「えーと…こう? あ、できた!」
 コンピュータに疎く、かつゲームに接する機会も全くなかったゴン。
 その彼がコンピュータでゲームをするのには、キルアの指南が必要だった。
 
 今に限ってのことではない。ゲームのみならず、この二人が揃っていれば、知識の面に関しては大抵ゴンは教えられる立場であり、キルアが教える立場にある。
 くじら島という自然豊かな土地で暮らしたゴンは、ある意味純粋培養的な人間であり、一般に常識とされる社会的事情に疎い面があった。
 その点に置いては、ゴンよりもキルアの方に分がある。
 だから、いつも一緒にいるキルアがカバーするのは自然で、至極当然のことなのだ。
 実に微笑ましい光景は、側で見ているだけで頬が綻ぶ。
 まるで子犬がじゃれあっているようだな、とレオリオに言ったら、あいつらにはそんなふうに言うなよ、とやけに真剣な顔で口止めされた。
 言えば何か支障があるのだろうかと私が首を傾げると、ガキはガキ扱いされるのが嫌いだからな、としたり顔で続けてくる。特にキルアのヤツは、と言い加えてくるのに、なるほど、と了承するとともに、私はレオリオのことをまた一つ見直した。細かいところまで人のことをよく見ていて、気遣いを忘れない。その優しさは医者志望であるならいい方向に向くだろうと思えた。……他方で、あまりに直情型で馬鹿正直なところはいただけないけれど。
 
 
 日常の光景だ。本当に。
 ゴンとキルアがじゃれているのを、私とレオリオが眺めている。
 これが私達の通常のスタンスなのだ。
 
 なのに。
 いつ頃からなのだろう。
 私の感情が、大きく揺れ動くようになったのは。
 それも、決していいものなどではない。
 微笑ましいと、彼らのことを眺め、見守っていきたいという気持ちは本当だ。
 本当、のはず…なのに。
 どす黒く、醜い感情が頭を擡げ、渦巻いてくる。
 徐々に──けれど確実に、強くなっていく気持ち。
 
 最初わからなかったそれの正体を、今はもう理解している。
 
 羨望。
 裏を返せば、嫉妬。
 そう………嫉妬だ。
 
 なんて醜いのだろう。私は。
 なんて未熟なのだろう。情けない。
 楽しそうな彼らの姿を、あるがままのその仲睦まじさを、何故受け入れられない?
 認めればいい。
 ただそれだけのこと。
 
 
 たかがそれだけのことが、今の私には……難しい。
 
 
 
 時折だが、気遣わしげにレオリオが私の方を見ることがある。
 それは私が処理しきれない感情を持て余して表に出してしまっているからなのか、それとも単に、黙って物思いに耽る私の考えることを読み解こうとしているに過ぎないのか。
 確認したい衝動に駆られながらも、レオリオに決定的な言葉を言われたくなくて、私は敢えて見ぬ振りを続けている。
 私から言わなければ、レオリオはきっと言わない。
 この男はどうでもいいことは軽く口にする癖に、こういう時は驚くほど慎重に言葉を選ぶ。本当にお人好しな男だ、とまた改めて実感し、思わず苦笑が漏れた。
 

 私は読書の休憩と銘打ってお茶を入れ、ゴンとキルアの様子を眺めながら頬杖を突いていたのだが、いつの間にやら側にレオリオが立っているのに気が付いた。
「レオリオ、いたのか。お茶ならまだポットに残っているぞ」
「ん? ああ……」
 頷きながらも、レオリオはソファに座ろうともせず、立ったままポケットに両手を突っ込み、私と同じように彼らの遊ぶ様を眺めていた。
 暫くそうしていたが、視線はそのままに、私に声を掛けてきた。
「…なあクラピカ。お前さ、もー少し素直になってみたらどうよ? …あの元気印のお子様達みたいによ」
 心臓が、少しだけ大きな音を立てて跳ねる。
 決定的な言葉は口にしないまでも、不意を打って核心を突いてきたレオリオを、私はソファに座ったまま仰ぎ見るように振り返った。
 しかしレオリオの方は相変わらず、私を見ようともせず、ゴンとキルアの様子を黙って眺めている。
 その横顔を私は暫くの間見つめてから、レオリオに倣い、視線をゆっくり彼らへと戻した。
 そうして、レオリオの言う『お子様達』の仲睦まじい様子を見ながら、ゆったりと口を開いた。
「……私は至って素直なつもりだが?」
「あのな。テメーが素直だってんなら、この世にゃ素直じゃねー人間なんざいねーよッ」
「ひどいな。そこまで言うか?」
 あまりの言われように、私は苦笑せざるを得なかった。
 確かに私の発言は適切ではなかった。レオリオがそう言うのも無理はない。
 だが、どんな場合においても素直が一番というわけではない。己の感情を優先させるべきでない時には、理性でしっかり制御しなければならない。
 そしてそういう制約が、おそらく私には多いのだ。他の者よりも、きっと。
 レオリオのように単純で、軽薄を装いながらも汚れを嫌い、ある意味無垢にも似た純粋さを持ち合わせている人間には、決して必要のない制約──それが、この私には必要なのだ。
 多くの制限の枠内で、私は自分に正直であろうとしているのだから、『素直』という言葉が本来内包する意味を推し量れば、やはり額面通りというわけにはいかない。
 不自由にも見えるし、より頑なにも見えるのは、そのせいだ。
「だが、これでいいんだ。私は」
 窓からそよぐ柔らかな風を心地良く肌に受けながら、再び頬杖を突いて微笑うと、レオリオが私の顔をじっと見てからひょいと両肩を竦め、降参といった形で軽く諸手を挙げた。
「…そ、か。お前がいいんなら、コレ以上は言わねえ」
 そう言ってから、体全体で伸びをした。
「しっかし、あれだな。こんないい天気なのに外に行かねーってのは不健康だよなぁ」
「そうか? たまにはこんな日があってもいいと…──」
 私は真面目に返答しようとしたのだが、どうやらレオリオは最初から聞く気がなかったのか、さっさとこちらに背を向け、ゲームに興じている二人にちょっかいを掛けに行った。
 どうせキルアやゴンにやり返されたり巻き込まれるのがオチだろう、と思っていると、案の定そのようで、ゴンのいた場所に無理矢理座らされ、数分後には二人に両脇からやいやい突っつかれては負けじと喚き返しているレオリオの姿がそこにあった。
 
 こういうふうに過ぎる日を本来の日常とすることが、果たしてできるだろうか。
 
 それが確率的にゼロに近いことを、私達はおそらく深層意識で理解している。
 そう、私だけではない。ゴンもキルアもレオリオも、きっとわかっているはずだ。
 だからこそ、今の仲間という絆を壊したくないし、より大切に思うのかもしれない。
 嫉妬も羨望も、この私の胸の内に確かに存在するけれども、それを遥かに上回る彼らへの気持ちが、私の中にはあるのだから。
 
 そんなことを考えながら、賑やかすぎる彼らの声をBGMに、私は再び本に手を伸ばした。



終     

   

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