秘恋-5- 

2007.2.18.up
2007.4.14.re

 
「話とは一体何だ」
 間を置かずおもむろに訊くクラピカを、キルアは疎ましそうに睨んだ。
「……あんたって無粋だね。ていうか無神経? 前置きなしにすぐ話せって言うのかよ。端的で無駄がないってのは良いコトだけどね…──」
 時と場合によるっつうの。愛想なけりゃ嫌われるのがオチだよ?
 と、嘲りを含んだ口調で続けられる。
 ──言われずともわかっている。
 クラピカはそれに対し、口には出さず、心の中でそう答えた。
 元々自分は、周囲の者達が心安らげる雰囲気を作れるような人間ではない。逆に、普段から口調が硬いために相手に緊張を強いることが多く、反感を買いやすい。誰よりも自分自身が、嫌というほど知っている。己の素気ない物言いが、意図せず相手の気分を逆撫でしてしまうことはしょっちゅうだ。
 だからといって、今の自分を周りに合わせて変えるつもりはない。キルアのように自分を特に毛嫌いする者がいても仕方がないと、納得している。──自分が望む望まないは別として。
 あくまで涼しげな顔をしているクラピカを、キルアは無言でじっと見る。
「現に。あんたのそういうトコ、オレすっげーキライ」
 わざとらしく朗々と宣われた台詞に、クラピカは薄く笑った。
 キルアは動じないクラピカを見て、不思議そうに首を傾げる。
「オレの言ったことちゃんと聞こえた? 『キライ』っつったんだけど?」
「…ああ、聞こえた」
「の割に、飄々としてるじゃん」
「驚くに値しないだけだ」
「ふーん…。あ、因みにあんたがそうやって余裕しゃくしゃくで笑ってんのも、すっげー腹立つんだよね。何でだか」
 それも、知っている。
 ──けれど。
 同時に、クラピカはふと考えた。
 ──こんなことをわざわざ聞かせ、確認するキルアの真意はどこにあるのだろう。
 またぞろ態度を改めろとでも言うつもりなのだとしたらそれはそれで気の重い話だな、と嘆息し、視線をキルアへと移した。
 彼はその目に不敵な光を宿らせながら、クラピカの反応を待っている。
 嘘の上手いキルアは、何事においても隠す術をよく心得ていて、どんなにキルアを観察してもクラピカには本心のほんの一欠片も見えてこない。
 けれど面白がっていることだけは確実だろう、とクラピカは牽制の一言を放った。
「話がそれだけなら私は退席させてもらう」
 すると、キルアはスッと目を細めた。
「…………んなわけないだろ。何考えてんのあんた。それともナニ、本気でオレに『話はそれだけだよ』って言ってほしい? だとしたらあんたは自分を騙せるくらいにウソツキで、相当自虐的ってことになるね」
「私は別に、ウソツキでも自虐趣味でもないぞ」
「なんでさ、その通りっしょ。………まさか、あの時のこと忘れてんの? それとも忘れた振りしてんのかな」
 言われたことの意味がわからず、クラピカが眉を顰めると、キルアはずいっと顔を近付け、クラピカの顔を覗き込んできた。
 ごまかしは許さない、と宣言する力強い視線に、クラピカは緊張気味に顎を引いた。
「ホンットに覚えてない? 約束したのにさ、オレと」
「……何だと…?」
 キルアと自分が何かの約束を交わすことなど、果たしてあっただろうか。ロクに会話もなかったのに。
 そう思いながらも、律儀なクラピカは過去を振り返った。
 しかし、”約束”と呼べるようなものを自分が忘れるとも思えない。
 一頻り考えてみたが思い当たる節はやはりなく、クラピカが彷徨わせていた視線をキルアへと戻すと、キルアは切れ長の目を伏せて小さく息を吐いた。
「なぁんだ……あんた、マジで、本っ当に忘れてんだ…………」
「一体、何のことを…」
「聞く前によーく考えて、思い出してくれよな。ついこないだのことなんだから」
 がっかりしたのかとクラピカが感じるほどにはキルアの声は勢いを失っていたが、最後はきっぱりと言い切った。
 キルアは断言するが、クラピカが脳裏でいくら反芻してみても、片鱗すら出てこない。
 けれど同時に、キルアの主張に嘘偽りが混じっているようにも見えない。
 これはどういうことだろうとクラピカが考え始めた時、キルアは焦れたように言い募った。
「まだピンとこないの? あんたは『忘れない』って言ったんだ。そういう約束をオレとした。だから覚えてるはずだ」
 ──忘れない、という約束…?
 奇妙な音の響きに、クラピカは引っかかるものを感じて眉を顰めた。
 キルアに言われて初めて、不確かな記憶が僅かに蘇る。
 確かに、そういう妙なやり取りをした覚えが全くないとは言い切れない。
 但し、今指摘されるまで思い出せなかったほどぼんやりとしていたそれは、クラピカが熱で朦朧としていた時に見た、夢の中の出来事だ。全てが蜃気楼のように遠い。
 キルアの言う『約束』などではない。
 ──そう…当たり前だ。何故ならあれは、夢…なのだから。
 クラピカの揺らぐ瞳に気付いたのか、キルアはフッと息を吐き、口角を上げて微笑んだ。
「心当たり、あった?」
 いつになく優しく聞こえる声音に思わず視線を彼へと当てると、キルアの顔にうっすらと柔らかな笑みが広がっていた。
 刹那、夢の残像がキルアの顔と重なり、クラピカの心臓がドクンと不協和音を奏でた。
 クラピカは愕然とする。
 まさか、と思った。あり得ない、とも。
 少しの懇願と、微笑み。自分にとっては初めて相対する、キルアの様子。──全く夢と同じ状況。
 現実と夢が重なるなんて、どう考えても不自然極まりない。
 それが今、何の違和感もなく重なっている。
 ──どうしてなのだろう?
「…あ……」
 それがきっかけとなって、ぼやけていた記憶がどっと押し寄せてくる。
 呆然とキルアを見つめながら、クラピカは次々に浮かび上がるその記憶の欠片を辿った──



.....続く     

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