恋心〜素直な脈拍〜 

2002.11.6.up
『*宝物*』掲載作品の続きを私が執筆。
そちらを先にご覧下さい。先方様ご許可済。

 目の前は、職員室。今は、二限目が終わった後の休憩時間。
 そのドアの真ん前に、私はいる。
 私はさっきの自習時間に配られたプリントを、全員分集めて持って来ていた。
 もちろん、先生に渡すために。
 
 だけど、どうにもこうにも心拍数が妙に上がって、落ち着かなくて。
 ドアの前で、私は何度も深呼吸を繰り返していた。
 
 ──なっちんが昨日言ってたのは、心理テスト。
 ──そうよ、ただの、心理テストなんだからっ!
 何度も心の中で、繰り返し言い聞かせた。
 …なのに、全然効果がない。
 それどころか、逆効果みたいに思える。
 思い出すと、どんどん症状はひどくなるから。
 ──な、何で、こう顔が熱くなるのよ。何で、こんなに心臓バクバクいってんの。
 
 私が持ってるプリントは、担任の先生、つまり氷室先生に渡すべきもの。
 だから、そのために私はここにいる。
 わかってる。…けど。
 だけど、………だからって私は何で昨日のことばっかり思い出すのよ。
 
 ──もう、違うったら違うんだってば!
 ──何勘違いしちゃってんの、私!
 す、す、好きな人って、そんなふうにあの心理テストでは出たけれど。
 だ、だって、ねえ。そりゃあその、尊敬してる先生…なんだし。
 ほら、たまたまあの時は、氷室先生に教わってたし。
 だから偶然、先生を一番最初に、赤でイメージしちゃっただけのこと。
 目の前にいたんだから、条件反射ってものよ。
 うん、絶対そう。ただ、それだけ。
 絶対絶対、そうに決まってるんだから!
 
 …よし。ちょっと落ち着いた。
 
 気合いを入れ直して、私はドアに手を掛け、開けるために力を込めた。
 すると──ガラリと音を立てて開いたドアは、やけに軽かった。
 開くと同時に第一歩を踏み出していた私は、勢い余って誰かにドン、とぶつかってしまう。
「すっすみま…──」
 慌てて顔を上げると、あろうことかそれは。
 ──ひ、氷室先生っ!?
「き、君か…。気を付けなさい」
 ケホン、と一つ咳こんで、ちょっと眉間にしわを寄せているところを見ると、痛かったのかもしれない。
 結構勢いあったし。──なんて、冷静に判断している場合じゃない。
「は、はいっ、すみません。あ、あの、私、さっきの自習用のプリントを…」
 ──あああ、し、心臓がっ!
 またしても、バクバクと忙しなく高鳴っていた。
 さっきあれだけ深呼吸して落ち着いてたのに、もう全然ダメダメだ。
 顔も火照ってきて、私にはもうどうにもできなくなっていた。
 …何で、こうなっちゃうのよぅ。もうイヤ〜っ。
 ──だから、あれはただの心理テストなんだってばぁ!!
「ああ、ご苦労だったな」
 ──いえ、そんな。
 とそんなふうに言って、とにかく私はこの場を去りたかった。
 けれど。でも。
 ──センセ、ゆ、指、指がーっっ!
 プリントを受け取ろうとした先生の指が、私の指に触れていた。
 それは、ほんのちょっと、指の先っぽだけだったけど。
 確かに、触れ合っているのだ。
 顔どころか首も耳も真っ赤に染まってしまった私に、そのことにようやく気付いた先生が、早口に小さく呟いた。
「…あ、す、すまない…」
 そして素早くプリントだけをするりと持っていく。
 この時点で私の任務は終了だ。
 そりゃあそうだ。このためだけに、職員室に来たんだった。
 思い出して、わたわたと逃げる準備に取りかかった。
 だってだって、もう限界だったから。
「い、いえ!! じゃ、じゃあ、あの、私はこれで。失礼しますっ!」
 これ以上、ここにはいられない。
 フルマラソンを完走した直後みたいな心拍数と、急上昇した体温に、もう耐えられそうにない。
 ──早く早く、ここから離れないと!
 ぺこりと先生にお辞儀をして、急いで踵を返す。
 走ったらまた先生からお小言を貰ってしまうから、競歩の選手よろしく、思いっきり大股で自分のクラスまで廊下を闊歩することにした。
 
 ──もうもう、何が何だか全然よくわかんない。何で私、パニクってんの!?
 全身を赤く染めたまま、私はただひたすら真っ直ぐ自分のクラスを目指す。
 ──そういえば先生の顔も、ほっぺたがちょっと、赤かった…ような。いやでも、まさか。
 まさか、と思いつつ、私は思い立って、自分のクラスを素通りした。
 そして、なっちんのクラスへと直行する。
 
 
 ──私、氷室先生のことは、尊敬してるの。うん、絶対そうなの。それは間違いないの。
 だからね? と心の中でなっちんに、話し掛ける。
 
 だから、もっと他の心理テストもやってみて、きちんと物事の正否ってものを、確認しなくちゃいけないと思うのよ!!



終     

   

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