わがままな彼 

2001.11.27.up

<涼介version>

 しょうがないな、と思いながらも、その甘えてくる彼の腕を自ら振り解くことはできなくて、拓海はそのまま彼のリアクションをじっと待つことにする。
 すると、彼は何を思ったのか、いきなり耳たぶをカリ、と軽く噛んできた。
 途端に、ビクンッと拓海の肩が跳ねる。
「な…にすんですか、涼介さんっ」
 ゾクリと肌が粟立ち、簡単に劣情を煽られそうになるのは、やはり先程の情事から時間が経ってないせいだろうか。
「もう少し、ここにいてくれてもいいだろ?」
 涼介の、甘えるようにねだる響きが、心を揺さぶる。
 流されたい気持ちにさせられるのも、また事実だ。
 けれど。
「…でもオレ、これから朝御飯の準備を…」
「まだ急くような時間じゃない。…もっとゆっくりしてても──」
「…ダメですよ。そんなわけには…」
「何で。今日は休日だろう。…オレと過ごすために、空けてくれたんじゃなかったのか?」
「………それはそうですけど…」
 でも、ダメです。
 溜息混じりに、力無く拓海はそう呟く。が、理由もなしに単に『ダメだ』と言われたくらいで、引くような涼介ではない。
 その証拠に、拓海を拘束する両腕の力が、心なしかやや強くなったような気がする。
 やっぱり言わなきゃ通じないか、と、拓海は涼介に抱き締められた状態のまま、少し体をずらして彼の方へと首を向ける。
 そうして、彼のぬくもりや素肌の心地よさにこれ以上扇情されないよう、微妙に視線をずらしてから話し出した。
「…二人でどっか行こうって言ったのは、涼介さんでしょ」
「ああ………そうだな」
 涼介は目を細め、嬉しそうにふわりと微笑んだ。
 その綺麗な微笑みが目の端に入ってしまい、少し高鳴る心臓を宥めつつ、拓海は続ける。
「じゃあ、…昨日自分が言ったことも、覚えてますよね?」
「…さあ。何て言ったっけ」
 訝しそうに首を傾げ、上目遣いに拓海を見る涼介の瞳には、悪戯っぽい光が瞬いていた。
 一見だけでは判別しづらいが、明らかに涼介は、拓海をからかうモードに入っている。
 そのくらいは、拓海も何となくわかるようになってきていた。
 ──時々、こうやってオレで遊ぶんだからな………この人は。
 それも滅多に他人には見せない姿だと思えば、自分は特別なんだと示されているようで、やはり嬉しかったりするのである。
 だが、拓海はその嬉しさを顔には出さず、乞われたままに答えた。
「………朝はオレの作った朝食を食べて、早目にここを出て。んで、地図見ながらハチロクに乗って遠出したいって、…行ったことのない所に行こうって、そう言ったんですよ、涼介さんは」
 すると涼介は、正解、と楽しそうに呟いて、後ろから拓海の首筋に顔を埋めた。
 背後からそんなふうにくっつかれると、ますます体格の差を思い知らされる。多少は慣れたが、同じ男としてのコンプレックスを刺激されるのには変わりない。と同時に、これもまた彼の愛情表現の一つだということは十分わかっているから、幸せな気分にもなれる。
 何というか、結構複雑な心境なのだ。
 他方で、この態勢は、自分の首筋を彼のサラサラの髪がくすぐるし、生暖かい彼の息が呼吸する度に当たったりするわけで。ずっとこうしていると、またぞろ悩ましい気分になりそうな気配も、…なくはない。
 ほんの少しくじけそうになりながら、拓海は涼介に、宥めるように誘いかけた。
「折角の休日なんだし、天気も良いし…。そろそろ起きて、外の空気吸いに行きません?」
「…確かに、もう目は覚めているんだがな………」
 そう言うものの、涼介が腕の中の拓海を解放する素振りは、一切ない。猫のように懐いたまま、じっとしている。
 互いの体が密着している背中だけが、やけに暖かい。
 だからだろうか。
 拓海の体の奥で未だ消え失せていなかった欲望が、何を言っても離れようとしない涼介の体温に呼応して、余計な一言を追加してしまった。
「………それとも、涼介さんは、今日一日ベッドの上がいいんですか…?」
 誘うように、けれど、微熱を伴う、掠れた低い声。
 言ってから即座に、しまった、と拓海は思った。涼介に聞こえなければいいのに、とも咄嗟に思った。一瞬後悔もした。
 だが、それもまた、紛れもなく拓海の願望の一端だ。
 …こんなバカな発言なんか無視してさっさと起きてくれないかな、と恥ずかしく思っていると、楽しげな声音が耳元に落ちた。
「…悪くないな、それ」
「え…っ? りょ、………ん、」
 振り向き様、涼介に唇を塞がれて、まともに言葉が紡げなかった。
 上半身を抱えられているような状態では、満足に身動きすることもできなくて、それが拓海には少々歯痒い。
 暫くして、ゆっくりと口づけを解かれ、半ば開いた唇から覗く涼介の舌を拓海が思わず追い掛けると、一度そろりと絡んだだけで、そっと外された。
「今日一日、………藤原はどうしたい…?」
 耳に響く甘い声に、拓海は拗ねたように、本心とは裏腹の反駁を試みてみる。
「………………遠出するんじゃなかったんですか…オレ、楽しみにしてたのに」
「ふうん? …でも、それって微妙に過去形だな」
 その通りだ。外出する気は、既にない。
「………確信犯」
 少し睨んでポツリと言うと、涼介はクスクス笑った。
 それから、拓海をきつく抱き締め、熱く囁く。
「こういう過ごし方だって、滅多にできないぜ? ………藤原は、嫌なのか?」
 答えがわかっているくせにそんなことを訊く涼介の唇を、今度は拓海が塞いだ。
 

 本当に、いつでもこうやって振り回される。
 けれど、嫌だと思ったことは一度もない。
 それくらい、涼介だってわかっているはず。
 なのに、いつだって訊くのだ。
 まるで、気持ちを確認するかのように、何度も。
 …もしかしたら、本当にわかってないのかと思うくらい。
 

「嫌なワケないでしょう…。…あの、涼介さん、ホントにわかってない?」
「………何が?」
 不思議そうに首を傾げる涼介の問いには答えず、聞こえないくらいに小さく言った。
「…わかってないなら、わからせてあげますよ」
 それこそ今日一日、時間を掛けて、ゆっくりと。
 ──どれだけ自分が涼介を欲しているのか。


 さっぱりわからないといった表情の涼介に、もう一度、微かに笑いながら拓海は唇を寄せた。



終     

   

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