ナチュラル 

2002.5.12.up

 バトルを十日後に控えた、今日はミーティングの日である。
 時には、小休止ということで、三々五々に散らばったプロジェクトDのメンバー達が、それぞれに飲食したり歓談を繰り広げたりすることがある。
 今は、そんな状況でのことだった。
 見渡せば、大方のメンバーが2〜3人で固まっている。
 しかし、Dの顔とも言うべきドライバーの面子が、どうやら一人欠けている。
 よくよく遠くまで見てみると、離れたところに腰を落ち着けている人間がいた。
 それを発見したもう一人のドライバーの彼は、ふむ、と内心一つ頷き、メンバーとの話が途切れたところでそちらの方へと足を運んだ。
 遠くで一人いる男が、気遣いの必要な繊細なヤツではない、ということは、重々知っている。
 だが、輪に入っていない彼に気付いた時点で、彼を放っておくことはできなかった、上り担当ドライバーである。
 
 
 
 
「…何見てんだ?」
「ッぅわっ」
 ひょい、といきなり斜め後ろから覗き込まれた拓海は、ビクッと文字通り体を跳ね上がらせた。
 が、突如として拓海の間近で存在をアピールした彼は、そんなことは全くお構いなしに、拓海の肩に肘をつき、拓海が手に持っていた紙面に視線を落としている。
 地面に腰を下ろしている自分に対し、立った状態で中腰に屈む啓介だからこその態勢だが、上から覆い被さるようにして体をくっつかせて覗き込まれると、さしもの拓海も落ち着かない。
 なので、やむなく拓海は、肩に掛かる体重を重いと感じつつも、座ったままずりずりと横にずれて、彼を隣に据え、斜睨みするように仰ぎ見た。
「………啓介さん…」
 脅かさないで下さい、と小さくボヤいてみたが、啓介がそれを聞いているようにはとても見えない。
 だが、耳に届いてはいるようだ。
 チラ、と啓介が拓海の方に目を向けてきた。
 ──うるせえな、細かいこと抜かすんじゃねえ。
 黙って睨まれただけだが、言葉に変換すればこんなものだろうか。
 鈍いと誰からも指摘される自分でさえわかる啓介の視線の意味に、拓海はそっぽを向いて、しょうがないなと溜息をついた。
 しかし、その溜息は決して苦くはない。
 対する啓介は、拓海の溜息を聞き咎め、僅かにムッとして顔を歪めたものの、口に出して文句を言うことはせず、フンと鼻を鳴らした。
 そして、拓海の肩に置いていた肘を外し、中腰から腰を伸ばして仁王立ちになり、休憩をより満喫すべく、煙草の箱に手を伸ばす。
 ”一体何しにここに来たんだ”と下から見上げてくる拓海の怪訝な眼差しに、啓介は気が付いていた。
 だがそれをわざと無視し、殊更ゆっくりとした動作で煙草をくわえ、その先端に火をつけた。
 
 
 
 ちょっかい、とはこういうのを言うのだろうか。
 とにかく、啓介との些細な接触が最近増えたようだ、と拓海は思う。
 啓介は啓介で、何でオレはこいつに構ったりしてんだろう、と思っている。
 それが何となく、二人にこそばゆい感覚を齎していた。
 何か話を、と考えても思いつきはしない。だが、気が付けば、自分の足が彼の方に向く。
 但し、決まって、彼が一人でいることが条件だ。
 バトル直前のピリピリした緊張感を伴っている時ではなく、ただそこにいる。そういう時。
 自然体でいるだけのことだ。本来なら、どこにいたって、誰といたって、そうすることはできるはず。
 ただ、その空気を誰かと共有するのなら、この男がいい。
 そう、思うのだ。
 …それは、お互いに感じていることかもしれない。
 いや、そうだったらいい、と勝手に願っている。
 
 
 拓海は隣に立つ啓介の気配を追いながら、わけわかんねえや、とがしがし頭を掻いた。
 自分が何を読んでいるのか気になってやって来たのか、と思いきや、啓介は少し目を通しただけですぐに興味を失い、今は悠々と煙草をふかしている。拓海の隣で。
 好き好んで、自分の傍で吸うこともなかろうに、と考える傍ら、啓介との軽いスキンシップや何てことのない会話は、案外心地よいものだと感じている。
 思った瞬間即実行の啓介の行動を、少しも迷惑だとは思わず、自分はまんま受け入れている。
 こういうふうに振り回されるのは、自分の最も敬遠することだったように思うのに、啓介が相手だと許容できるとは、一体全体どういうことだろう。
 今までにはなかったおかしな状況に、拓海はくすぐったい思いで、気付かれないように啓介の表情をそろりと窺った。
 啓介は、というと。
 少なくとも、拓海が自分の言動を拒む気がないことは、何となくだが感じ取っていた。
 迷惑そうな顔をしたとしても、本心ではそう思っていない。これはカンだが、間違っちゃいないだろう。
 速さを競う意味では、拓海は紛れもなくライバル。兄を除いては、最強の。
 だが、それとは別の次元でも、自分は彼を無視できないらしい。
 無意識レベルで、敢えて拓海の傍を選んでいる自分。
 それに時折気付いては、何でだろうと首を傾げる。
 傍にいる時間の割に、言葉を交わすことは少ないのに。
 ただ、…そう。啓介といる時の拓海は、比較的ガードが脆い。多分、他の誰より気を許されている。…これも、カン。
 ──だからっつーのも変な話か…。でも、こいつといんの、なんか楽チンだし、イイ感じなんだよな。
 思って啓介が拓海の方を見ると、バッチリ目が合ってしまった。
 
「…んだよ」
 口を尖らせて、啓介は言った。
 気恥ずかしい余り、顔が仏頂面になったのは、どうにもしようがない。
 また、啓介のことを考えていた拓海も、内心すっかり動揺していた。
「…いえ、別に…」
 照れ臭さを隠すため、似たような仏頂面で拓海はぼそりと答える。
 ──まさか、オレの思考を読み取ったわけでもないだろうに、どうしてこういう時に限って顔を見合わせなきゃならねえんだ。
 タイミングが良すぎて目を反らすきっかけを失い、啓介と拓海はお互い顰めっ面をしたまま、暫く睨み合った。


 相手に対する好意的な感情や、揺れ動く気持ちとは裏腹の、その表情。
 だが、裏腹な心もまた、何とはなしに、目元口元や態度の端々にこぼれていて。
 見れば、ああ、なるほど、と。

 その、おかげで。
 ますます気まずくなった、二人であった。



終     

   

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