声にならない声2 

2002.1.12.up

 時々、考えることがある。
 

 もし去年の夏のあの時、秋名であいつのハチロクと出会わなかったら、オレは今頃何をしてただろう?
 

 レッドサンズにいてFDを走らせていて、アニキ以外には負け知らずで。やっぱり今と同じように、プロジェクトDでも走って。バトルをすればするほど色んな壁はあるだろうけど、それに手応えを感じながら、結果的に勝ちをもぎ取って──
 多分、今と同じだと思う。やってることは、大して違わないと思う。
 
 …でも。
 何かが、決定的に違う。
 走りに関しちゃオレは妥協しない。でもここまで熱くなれるなんて、滅多になかった。
 それもこれも、あいつ-藤原拓海-がいるからだ。
 あいつがいたから、あいつとの秋名でのバトルがあったから、今のオレがいる。
 …単に、オレがあいつに負けたって意味じゃない。
 そりゃあ、それも確かにあるかもしれない。でも、そうじゃなくて。
 ………言いたかないが、キレたあいつの走りに、しばしばオレは、正直見惚れてたりする。
 それくらい惹かれてるんだ。あいつの、…藤原の走りに。
 だから、あのハチロクに出会わなかったら、今のオレはいなかった。
 何より今、こんな充実した遠征バトルはできなかった。
 そう、思う。
 
 本当は、そういう現実を前に、過去の「もしも」を考えても意味はない。
 わかってる、そんなこと。
 
 だけど。
 悔しいから、思い出したように、時々そんな取りとめのない事を頭に浮かべてる。
 だって、考えてもみろよ。
 オレはDのエースで、走りだって、あいつに引けをとらない。
 あいつに負けてるなんて、思っちゃいない。
 エースはこのオレなんだぜ?
 …なのに。
 あいつの走りは、オレを魅了する。オレの目を引きつけて、止まない。
 一度見たら、忘れられない。そして、更なる進化を遂げ続けているだろう、あいつのドライビング──
 気にはなる。この目で見てみたい欲求にかられる。
 だけどあいつが走っている最中だけは、いつも、オレは自分の視線を無理矢理引き剥がす。
 見れば釘付けになることがわかってるから。
 それほどに、あいつにはものすごい引力があるんだ。
 それが、…少し悔しい。
 
 どうしてここまで、オレはあいつに拘ってるんだ?
 自分のことなのに、自問自答しても答えは出てこない。
 わからないけど、あいつのことが気になる。
 バトルの時だと、ヒルクライムとダウンヒルとでステージの違うオレには見られないことの方が多いが、プラクティスで走る時には見ることのできる、あいつの闘争心を湛えた瞳と顔つき。
 ビリビリと、こっちまで痺れてくる。
 普段のヤツのボーっとした表情を知ってるけど、とても同一人物とは思えない。
 藤原に自覚はないだろうが、この差は結構見物だ。
 そういう所も、オレは何だか気になって。
 あいつに気付かれないように、時々オレはあいつを見ている。
 …時々、じゃなくて、もしかしたらもっと頻繁に見てるかもしれない。
 んなこと繰り返してたら、鈍いあいつにも、いつか気付かれちまう。
 わかってるけど。…でも、ついつい見ちまうんだ。
 理由は聞くなよ。
 オレにだって、わからないんだ。
 
 
 


 ………なあ、藤原。
 頼むから、気付くなよ。
 オレの視線に、気付いてくれるなよ。
 でないと、見れなくなっちまう。
 
 …そうだな。
 せめて、この整理のつかない感情の糸のほつれが、解かれるまで──


 もし気付いたとしても、………気付かないフリ、しといてくれ。



終     

   

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