時々、考えることがある。
もし去年の夏のあの時、秋名であいつのハチロクと出会わなかったら、オレは今頃何をしてただろう?
レッドサンズにいてFDを走らせていて、アニキ以外には負け知らずで。やっぱり今と同じように、プロジェクトDでも走って。バトルをすればするほど色んな壁はあるだろうけど、それに手応えを感じながら、結果的に勝ちをもぎ取って──
多分、今と同じだと思う。やってることは、大して違わないと思う。
…でも。
何かが、決定的に違う。
走りに関しちゃオレは妥協しない。でもここまで熱くなれるなんて、滅多になかった。
それもこれも、あいつ-藤原拓海-がいるからだ。
あいつがいたから、あいつとの秋名でのバトルがあったから、今のオレがいる。
…単に、オレがあいつに負けたって意味じゃない。
そりゃあ、それも確かにあるかもしれない。でも、そうじゃなくて。
………言いたかないが、キレたあいつの走りに、しばしばオレは、正直見惚れてたりする。
それくらい惹かれてるんだ。あいつの、…藤原の走りに。
だから、あのハチロクに出会わなかったら、今のオレはいなかった。
何より今、こんな充実した遠征バトルはできなかった。
そう、思う。
本当は、そういう現実を前に、過去の「もしも」を考えても意味はない。
わかってる、そんなこと。
だけど。
悔しいから、思い出したように、時々そんな取りとめのない事を頭に浮かべてる。
だって、考えてもみろよ。
オレはDのエースで、走りだって、あいつに引けをとらない。
あいつに負けてるなんて、思っちゃいない。
エースはこのオレなんだぜ?
…なのに。
あいつの走りは、オレを魅了する。オレの目を引きつけて、止まない。
一度見たら、忘れられない。そして、更なる進化を遂げ続けているだろう、あいつのドライビング──
気にはなる。この目で見てみたい欲求にかられる。
だけどあいつが走っている最中だけは、いつも、オレは自分の視線を無理矢理引き剥がす。
見れば釘付けになることがわかってるから。
それほどに、あいつにはものすごい引力があるんだ。
それが、…少し悔しい。
どうしてここまで、オレはあいつに拘ってるんだ?
自分のことなのに、自問自答しても答えは出てこない。
わからないけど、あいつのことが気になる。
バトルの時だと、ヒルクライムとダウンヒルとでステージの違うオレには見られないことの方が多いが、プラクティスで走る時には見ることのできる、あいつの闘争心を湛えた瞳と顔つき。
ビリビリと、こっちまで痺れてくる。
普段のヤツのボーっとした表情を知ってるけど、とても同一人物とは思えない。
藤原に自覚はないだろうが、この差は結構見物だ。
そういう所も、オレは何だか気になって。
あいつに気付かれないように、時々オレはあいつを見ている。
…時々、じゃなくて、もしかしたらもっと頻繁に見てるかもしれない。
んなこと繰り返してたら、鈍いあいつにも、いつか気付かれちまう。
わかってるけど。…でも、ついつい見ちまうんだ。
理由は聞くなよ。
オレにだって、わからないんだ。
………なあ、藤原。
頼むから、気付くなよ。
オレの視線に、気付いてくれるなよ。
でないと、見れなくなっちまう。
…そうだな。
せめて、この整理のつかない感情の糸のほつれが、解かれるまで──
もし気付いたとしても、………気付かないフリ、しといてくれ。
終
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