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2001.7.1.up

<啓拓version>

 ──我慢するのなんか、もったいねえじゃん。藤原の声って、オレ、すげーそそられる………
 照れもなく、真っ直ぐ拓海の瞳を見つめてそんなことを真顔で続ける啓介に、拓海は赤くなった頬をさらに赤くした。もう、これ以上はないというほどに真っ赤だ。
「…ア、ア、アンタなぁ………っ」
 ググッと拳を握り締める。力加減を忘れたために、爪が手のひらに食い込んだ。
 ──小っ恥ずかしいことばっか言いやがって、脳味噌腐ってんじゃねえのかっ!? 男にのっかられてる男のオレの立場ってのを、ちったあ考えてみろ!!
 罵詈雑言がぐるぐる頭を駆けめぐっている。だが、口をぱくぱく開閉させるのが、拓海の今の精一杯だった。
 啓介の赤裸々な発言は、しかし、今に始まったことではない。
 だが、拓海はそんな啓介に慣れることはできなかった。
 啓介が自分の感情に素直なのは十分に知っている………けれど。それでも敢えて、拓海は”何もこんなときに素直でなくても!”と切に思う。
 何故なら、普段の啓介は、今とは正反対。
 意外に思われるかもしれないが、彼はかなりの照れ屋さんなのである。
 照れ屋というよりも、はにかみ屋、とか奥ゆかしい、とか評するべきなのか──たとえばお色気話の矛先が自分に向けられたりすると、目はそわそわと落ち着きがなくなり、視線と顔を僅かに逸らし、口ごもって無言になった挙げ句、手で口元を隠して所在なさげに立ち尽くし、最終的にはごまかすために軽く睨んできたりする、といった具合だ。
 因みに、割と高い頻度で、拓海はそういう啓介を目にする。未だにデートのお誘いの時も、ややそんな感じだからだ。その度、拓海の心に、じわじわと嬉しさがこみ上げてくるのだった。
 啓介のはにかむ姿は、一般的にカッコイイと評価される見た目の精悍さと妙にマッチしていて、何ともかわいらしく、結構好きなのだ。彼のこういう部分を知っているのは、彼自身が気を許した者だけだから、何となしに特権を与えられたような喜びを感じる。自分だけの特権ではないが、それでも拓海は嬉しくなれた。何故か、彼がいつもより身近に感じられるから。そして、年齢の違いを、自分が年下だということを、意識しないでいられるから。
 だがしかし──拓海にこうして触れる時には、直接的な表現をふんだんに用いて、大胆発言をアッサリとしてのけるのである。奥ゆかしさの欠片もない。
 だから、困る。
 啓介の普段の奥手な感じと、こうして互いに欲情している時の赤裸々な言葉の羅列。何せ、この差が大きすぎる。後者は特に、拓海に向かってのみ発せられるだけに、困り果てる。
 しかも、先程の『声を我慢するな』というのでも、啓介は別に拓海をからかっているのでもねだっているのでもなく、拓海を真っ直ぐ見て、本音を言っているだけなのだ。『声がそそる』とかいうのも、彼の偽りない気持ちなのだろう。
 はっきり言って、憤死モノである。本気であれば、尚のこと。
 拓海は落ち着くために二度ほど大きく深呼吸した後、結局、やってられないとばかりにプイと顔を背けた。………因みに、未だに顔が熱い。
「…何を、聴かせろって? 冗っ談じゃないですよ! オレ、何度も言ってるでしょう、そういうこと言わないで下さいって!」
 拓海が半分わめくように言うと、
「でも、そうしてくれなきゃオレにはわかんねえ。………って、何度も言ってるだろ、オレだって」
 少しだけ困ったように、啓介が小首を傾げた。
 一体何がわからないんだ、とは拓海は訊かない。続く啓介の言葉は知っているからだ。それに、別に啓介にわかってもらわなくてもいい。
 が、啓介は今日に限っては何も言わず、一旦口を噤んで暫くしてから、ゆっくりと拓海に唇を寄せてきた。
 何だか釈然としないものを感じる。だが、啓介のキスを拒むまでにはいかない。
 まあいいか、と拓海は目を伏せ──触れる瞬間、そっと目を閉じた。
 啓介とのキスは、好きだ。
 いつも最初は、単に乾いた唇を軽く重ね合わせるだけ。だが、その温かさと柔らかい感触が優しくて………触れては離し、再び触れて、と角度を変えて何度も繰り返す。次第にそれだけでは物足りなくなって、そうっと唇で互いのそれを食み、チロチロと舌を這わせ始める。そしてそれが徐々にエスカレートしていって、相手の様子を窺いながら口を開け、舌と舌を触れ合わせるのだ。
 その瞬間はいつだって、ゾクゾクと拓海の肌は粟立った。
 触れ合えるのが嬉しいのか、あるいはこれから始まる行為への期待感か──
 初めはおずおずと、舌を使ってみる。けれど、大胆になるのも直ぐだった。
 舌の全体を擦り合わせては、舌先で互いのそれを舐め回す。時に絡みつけ、また離し、口腔の奥までも犯す。
「………ん…んぅ………」
 深まる口づけに息継ぎがままならなくなり、口の端から唾液が零れる頃、ようやく唇が解放された。
 拓海の息が少し整うまで待ってから、啓介が訊いてくる。
「なあ、キスは嫌じゃないよな。…気持ちいい?」
 拓海は閉口した。”それっくらいわかれよ!”と、睨みを利かせ、眼力にものを言わせて。
 それが伝わったのか、啓介は小さく笑って、再び軽く口づけを落とす。
「んー、まあ、わかる時もあるんだけど。………お前、言わなさすぎ」
 ………そりゃまあ、多少自覚があるのだが、それはできない注文というものだ。
 拓海が黙っていると、啓介は空いた手で、半ば勃っている拓海のモノを包み込んだ。
「っん、…っ………ちょっ…何、すんだよ。いきなり…」
 不意打ちの愛撫に、拓海の大腿がビクッと痙攣した。
「いや、こういうのはさ、男なら誰でも感じるだろ? …けど、そうじゃなくって………」
 言いながら、手は止めていない。
 玉袋を指で弄んでからゆるりと幹を伝い、全体をやわやわと握り込みながら、親指の腹で先端をくるりと擦る。それは、滲み出てくる体液を塗りたくる行為にも似ていた。
 反対の腕は、拓海の腰に巻き付け、しっかりと抱き寄せている。
「………っ………ぅ…」
 少しずつ、拓海の息が乱れてくる。
 自分ばかりというのも癪に触る拓海は、手探りで、現在唯一の着衣である啓介のパンツを脱がしにかかった。
「…もっと藤原に感じてほしいから………。藤原のイイとことか、もっと知りたい──そう思ってんのに、お前、訊いても全然答えねえし、声もあんま出してくんねーじゃん。それじゃあ、どこが感じるのかって、わかんねえことのが多いんだってば。それに…──」
 啓介は、拓海のモノから手をずらし、奥の秘所へ指を当てた。
 途端、反射的に拓海の下肢がピクンと強張った。
「………ここ、痛えだけだろ? すげー辛そうにしてるし…だから余計にさ………」
「………へ…?」
 上気した拓海の、豆鉄砲喰らったようなマヌケ顔には気付かずに、啓介は拓海の鎖骨に舌を滑らせていた。
 ゾクリと小さな快感を感じつつも、拓海は少し呆然としてしまった。

 ──痛いだけ………。すげー辛そう………?
 先程の、…否、今までもしてきたこの類の啓介との口論の種明かしは、こういうことだったのだろうか?
 もちろんそれだけではないに決まっているが、その一端を担っていたのは、まさか──
 拓海が啓介を受け入れるときの苦痛を少しでも和らげたくて、だから、拓海のより感じる所を彼なりに探していたのか。
 苦痛をしのぐほどの快楽があればいい、とでも考えていたんだろうか。
 最中に『ここイイか?』とか訊くのも、そういうことだったのか。
 何より、今もまだ、痛みしか感じていないと思っていたのか。
 知らないところで、密かに、拓海の体を気遣ってくれてたんだろうか。
 方向性は、拓海には少々ありがた迷惑だったけれど、つまりは大事にしたいという心の現れだったのか。
 ──オレって、…もしかして結構、愛されてる? ………………なんてな。
 らしくないことまで、考えた。
 そしてふと、改めて気付く。
 自分より体格のいい啓介に下敷きにされて、拓海には彼の体が少々重い。だが、その重みも、重なる熱い素肌も、程良く気持ちよかった。回されている腕も、胸元を這う唇も、全然嫌ではなくて、とても心地よくて──
 そういう感覚を与えてくれる啓介が、何だか今唐突に、拓海は無性に愛しくなった。
 感情に素直で、メチャメチャ鈍感でマヌケでバカで、外見はカッコイイくせに性格はやたらとかわいくて、そして…自分を好いてくれる男が、たまらなく愛しい。
 ──バカな子供ほどかわいいって、こういうこと?
 全然違うぞ、とそこここから突っ込まれそうなことを思いながら、拓海は諦めたように笑った。
「…啓介さんて、オレよりバカなんすね」
「ぁあ? ………そりゃ、どういう意味だよ」
 動きをピタリと止め、いきなりのバカ呼ばわりに憮然と答える啓介に、言葉通りですよ、と言ってから、勢い両腕で啓介の頭をギュッと抱え込んだ。
「ふ、じわら?」
 自分の胸元でくぐもる啓介の戸惑った声を聴き、吐息を感じ、意外に柔らかい髪に触って、ドギマギする心臓を叱咤する。
 そして、拓海はきつく目を瞑った。
 耳も頬も、既に熱い。
 今かららしくねーこと言うんだから仕方ねえか、と、取りあえず今の顔を見られないように、さらに啓介の頭を強く抱き込んで、一息に言う。
「しょうがないから、ひとつだけ教えてあげます。オレ、──」
 言い終わった刹那、拓海は逆に、背中に回された力強い腕で、啓介にきつく抱き締められた。
「…お前、それ………殺し文句………」
「だから、いっこだけ。もう二度と言わねえし。『かも』ってだけだし。…でも、十分でしょ?」
 耳を打つ、啓介の掠れた声音に、拓海は満足そうに微笑った。
 
 たったひとつ。
 殺し文句、と啓介に言われたそれは。
 

 ──アンタがオレん中でイく瞬間が、一番好きかも──



終     

   

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