<拓啓version>
──聴かせろだ? くそガキが、このオレに何てコト言いやがる…っ! 百万年早いわ!!
啓介は内心でそう雄叫んだ。
しかし、それはそのまま声には出さない。後々、己の身に降りかかるであろう色んな災難(?)を考えてのことである。
ただ、似たようなことを口にした。
「………バカか、てめぇ…。誰が、聴かせるかよ」
与えられる快感に流されまいと、己の体を跨いで上にのしかかる拓海をギンッと睨み上げた。
剣呑な視線を受け、拓海はうっすらと微笑う。困ったような微笑みだった。
「…うん。そう言うと思った」
でも…、と続け、拓海はゆっくりとした動作で啓介の胸元に顔を埋める。
「………っは、………」
唇が触れた、と思った瞬間、拓海に強く乳首を吸われ、ピクンと肩が痙攣した。
同時に、声ともつかない吐息が漏れる。
条件反射だとはいえ、啓介は、反応してしまった自分が恨めしくなる。
「我慢しても…さ。あんま意味ないと思うけど………」
啓介の肌に吸い付いたまま、上目遣いで拓海は啓介をチラリと見た。その間、両手も休めてはいない。
カチンと来るセリフを吐きながら、拓海の右手は大腿の内側を壊れ物でも触るかのようにそうっと這い回り、左手は啓介の脇腹から腰を優しく慰撫している。
それだけの動きでも、少しずつ啓介は自由を奪われていく。
たったこれしきのことだが、快楽が混じる。そうなればその悦楽は消えることなく体に留まり、拓海に抵抗しようとする啓介の気力を、徐々に萎えさせていく。
──何だかんだと、これっくらいでほだされるくらいには、…惚れてるってことだ。………腹の立つことに。
だから、『声を出すのを我慢するな』という拓海の言い分が、全く理解できないわけじゃない。
たとえば、もしも自分と拓海が逆の立場だったら──自分が拓海を組み敷くとするなら、やはり拓海のそんな声も聴きたかろうし、率直に『聴かせろ』と言うに違いない。
それは十分想像可能で、実現可能なシチュエーションだ。
けれど。
──そりゃあオレも男だし、確かにわからなくはない。いや、ある意味、非常にわかりすぎるくらいわかるんだが………でもな、オレ的には、そーするワケにゃいかねえんだよ。
たとえどんな状況であろうが、相手が誰だろうが、同じこと。
自分の方からは、決して己の全てを委ねたりしないし、曝け出すこともしない。甘えるなんて、以ての外。
相手が自分に対してそうするまでは、決して。
それは、今からSEXしようという状況でも、相手が『藤原拓海』であっても、例外ではない。
相手のジョーカーをこの目で見るまで、自分の手の内は見せない。
チラリと拓海を見ると、何故か動きを止めてこちらを窺っている。
啓介の表情を読もうとしているようだった。
「………るせーな。いいだろ、ンなことどうでも」
啓介は、片手で自分の体に覆い被さっている拓海の後頭部を掴み、噛みつくように荒々しく口づけた。
余計なことを言う口は、こうやって塞ぐに限る。
抵抗もなく、その接吻を受け入れた拓海は、離れ様、濡れた啓介の唇を舌でペロリと舐める。
それだけで、啓介の肌はゾクリと粟立った。
「啓介さん………、オレんこと…好き?」
ジッと熱っぽい瞳で見つめられ、啓介はそれを涼しい顔で暫く受け止めてから、口元だけで軽く笑った。
「…さてね」
そのからかうような仕草にムッとしたのか、拓海は目を眇めた。
「あんたのそういう余裕な態度、………なんかすげームカつく…。時々、メチャメチャに崩したくなる」
──…こんな時、お前ならそう言うだろうさ。わかってるぜ?
余裕のない、獣めいた光を宿す拓海の瞳に、啓介はほくそ笑む。
これぞ、啓介の望んだ拓海の姿だった。
言いたかないが、”自分の方が相手にハマってる”なーんてことは、初めっからわかっているのだ。だけどそんなの、笑えもしなけりゃ洒落にもならない。
相手の方をこそ、自分のことしか目に入らなくなるように仕向けなくては。
…そう、大体からして、普段から余裕ぶっこいてるのは、拓海の方。
好きかどうかと啓介には何度も訊くくせに、啓介を好きだとは言わない男。
だから、他愛のない些事であっても、絶対に拓海の言うがままにするつもりなどない。
余計なことが考えられないようになるまで、とことん追い詰める。そうして全く余裕のない態度で、この自分『高橋啓介』を求めるべきなのだ。
それが、『藤原拓海』のあるべき姿なのだから。
余裕なんか取り去って、拓海は余すところなく己が姿を啓介に曝さなければならない。
──早く、ここまで堕ちて来いよ………藤原。
「………啓介さん」
呼び掛けに答えようとした啓介の半ば開いた唇に、拓海はそっと己のそれを重ねた。
触れる瞬間は脅かさないように優しく、けれど俄に喰らうように口腔を貪ってくる拓海に、啓介はうっとりと目を閉じた。
わかる。
今のままではどうしようもなく足りないのだと、目で、行動で、拓海が訴えているのがわかる。
──でも、まだだ。まだ後もう少し…。もっと欲しがれよ、オレのこと──
拓海の感情が、啓介のそれに追いつくまで、あと僅か。
だから、もっと欲しがればいい。
思うだけではあまりに焦れったくて、啓介は、両腕で彼の熱い身体をかき抱いた。
終
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