──ありがたく思えよ、クソガキ! 余裕なんか保てねえくらい、一気に煽って、さっさと終わらせてやるッ!
親指の腹で、液を滲ませる先端を執拗に擦り、残る四本で勃ち上がった幹全体をなぞっては下にある袋を転がすようにして弄ぶ。
先程よりも力加減を数段きつめにし、時に爪を軽く立てた。…これくらいなら許容範囲、痛みスレスレの快感のはずだ。
案の定、手に包んでいるモノも拓海の体も、ビクンと打ち震えたが、少しもソレは萎えちゃいない。
痛みよりも、快感を感じている証拠だ。
「…っ、けぃ、すけさ、っ」
「何、だよ………ちゃんと、シてんだろ…?」
抗議を含んだ拓海の声音に、啓介はうそぶいた。その口元に緩やかな笑みを刻み、拓海の瞳の奥を覗き込む。
啓介の器用に蠢く指先は、そうしている間もとまらなかった。
拓海は漏れそうになる声を口唇を噛んで辛うじて殺し、ぞくぞくと背筋を這い上がる痺れに耐えた後、啓介の顔をキッと睨みつけてから、啓介と全く同じ所作で手を動かした。
そっくりそのまま、彼にやり返す。擦る加減も、爪を立てた箇所も、同じように。
「…ぅ…っ」
啓介の唇から漏れた控えめな声を聞き、拓海が口の端をつり上げた。してやったり、と言わんばかりの微笑みだ。
啓介はその表情を疎ましげに見下ろし、拓海の反撃にあっさり呻いた己の失態に、軽く舌打ちをした。
…快楽の渦に、一滴、二滴と滴り落ちるほどの、極僅かな痛み。微かでありながら、決して完全には混ざり合うことのない──痛覚混じりの、愉悦。
より強い刺激を与えるべく、指に力を込める。
吐息は少しずつ、鼻に掛かった甘い喘ぎにすり変わる。
女ではない、低く掠れた男の声に、煽られる。
速まる鼓動と荒い呼吸は、脳の酸欠を軽減することもなく、意識をさらに霞ませる──
そうやって相手を一層追い詰めようとすればするほど、自分も同じように早急に追い詰められる。
当たり前のことだ。なのに、そのことを啓介は少しの間失念していた。
拓海も自分と同様に、相手の方を先に陥落させようと躍起になっていることなど、互いの体と動きが証明しているではないか。
それを今更悟ったところでどうにもならない。むしろ、早く臨界点に達したいという欲望に拍車が掛かる。
他のことなど、考えられなくなっているのだ。もう、既に。
互いの性器を慰めて劣情を煽る動きが、徐々に激しさを増す。
より深い快楽を得る、そのためだけに──
拓海は、啓介の顔をずっと眺めていた。悦楽を感じているとありありわかるその顔に、目が釘付けだったのだ。
…彼の呼吸は弾み、乱れ、そして快感を散らすためか声を堪えるためか、眉間に皺が寄っている。
啓介の整った顔立ちに滲む、悦楽の色。
意外に長い睫毛と、うっすら赤みを呈する眦、目を伏せながらも完全には閉じられない瞼。
薄く開いた唇、ちらりと覗く濡れた赤い舌、その奥から時折聞こえる、声とも言えないほどの微かな喘ぎ。
快楽に耽り、我を忘れそうになる自分自身の意識を、拓海はギリギリの線で繋ぎとめながら、それらを目にしていた。
啓介の艶めいた表情から、目が離せなかった。
拓海の手淫一つ一つの動きで啓介が見せる、ほんの少しの微妙な変化を、見ていたかった。
「………は、…ぁ…」
閉じられることのなくなった啓介の唇から吐き出される、抑え気味な呻き声が、拓海の快楽中枢に揺さぶりをかける。
いつも敵意むき出しの啓介が、今はこんなしどけない姿を拓海に見せている。熱に浮かされた、悩ましい表情──目元だけでなく、身体の皮膚全体が赤みを帯び、火照っている。
そこには、見ているだけで股間が疼くような艶かしさがあった。過去に興味本位で見たことのあるAVなんて、足元にも及ばない。
…啓介は男で、自分も同じ男。なのに、それがわかっていても、拓海は啓介に欲情する己自身を否定できなかった。
今の啓介は紛れもなく高橋啓介だが、いつもの啓介ではない。
それは多分、お互いに言えることで。きっと拓海も、普段啓介と相対しているはずのいつもの自分では、決してない。今は──理性を失い、動物的な本能で相手をねじ伏せようとしている、単なるオスに過ぎない。拓海も、啓介も。
忙しない鼓動と呼吸、手におさまらない大きさに育った灼熱の塊、些細な反応さえも、啓介と自分とは同じ状態。
けれど、今の拓海が最も意識しているのは、他の誰でもないこの自分が、啓介をそんな状態にしているという事実そのものだった。
──いつも野生の獣のように牙を剥いているあの啓介を、自分が、この手で──
啓介が己の手中にあるという実感。最も生々しい感覚を共有しているという優越。
そう認識した途端、拓海は無性に欲を刺激された。
我知らず、ゾクリと肌が粟立つ。
──啓介さんが今こうなってんのは、…オレのせいだ。オレがいるから。オレが、こうしてるから………
陶然と啓介を見つめながら、熱い塊に触れている己の手のひらの触覚に意識を移す。
手の中で形をすっかり変えた屹立も、仄かに肌に赤みを呈した表情も、拓海がもたらしたもの。
啓介の性的欲求を煽り、満たしているのは自分。
同時に、拓海の性欲を煽っているのは、まぎれもなく高橋啓介。
啓介と拓海しかいないこの部屋で、完全にその事実だけは覆しようがない。
爆発も近い欲望はギンギンに硬直して勃ち上がり、解き放たれるのを待っている。気を許せば、僅かな刺激で達することもできそうなほど。
それでも、より強い快楽がほしいと、拓海は思った。そしてその刺激を啓介に求めることに、躊躇いはない。
与え、与えられる快感に酔い、麻痺した拓海の思考は、甘受できうる限り欲を満たすことで一杯になっていた。
「啓…介、さん………」
途切れがちな拓海の掠れ声に、啓介がこちらに目を向けて僅かに口を開きかける。
その彼へと、今度は拓海から唇を寄せ、口づけた。
今日初めて深く触れた時に、煙草の味が苦いと思ったそれは、やっぱり今度も少し苦かった。だが、拓海の舌を抵抗なく受け入れてくれた熱く柔らかい口腔内に、段々気にならなくなってくる。
少しして、息苦しくなったのか離れようとする啓介の舌を、拓海は少々強引に絡めとってきつく吸った。
──今だけは、ぜんぶ、オレのもんだ………。オレだけの、もの………
啓介の喉の奥が鳴るのを感じ取り、拓海は不意に、強くそう実感した。
くぐもった声も、呼吸も、腕の中にある体も、手に収まっている怒張も──今の啓介は全て自分のためにあるものだと、結論づけた。
今は、そうとしか思えなかった。
啓介は、僅かに顔を顰めただけで、拓海の強引な口づけを無理にやめさせようとはしなかった。
初めから、この行為自体をやめる気はないのだ。…一旦第三者によって中断された後、再開してからは、完全に開き直っていた。
解放を訴える股間は形を変え、膨張している。先端から滲み出る液とともに手で慰められているソレは、全体が濡れて硬く張り詰め、天を仰いでいる。自分のも、拓海のモノも、状態としてはほぼ一緒だ。
──オレは絶対に、こいつより先にはイかねえからなッ!
本気で啓介はそう思っていた。そういう意味を大いに込めて、手の中で刺激を待ちわびる拓海のモノを握り、存分に嬲った。
………最初は、本当にそうだった。それだけだった。
だが、今はどうかと実際に問われれば、答えに窮する。
目の前の快楽に陥落し、深い悦楽を十分に堪能したいと思う自分が、ここにいるのだ。
それを無視することは、できない。
──純粋に、愉悦に浸りたい。もっと感じたい。だから愛撫する。こいつのモノを。そうすれば自分にも返ってくる。
単純な図式。
啓介は、その図式に従った。貪欲に求めることに、否やはない。
理性よりも意地よりも、性欲を満たすという本能が大きくて。
思考が徐々に閉ざされる中、啓介は快感を得ることを最優先とした。
そうすると、不思議なことに、拓海と視線が絡み合うことにさえ歓喜を覚える。
弱みを互いに手中に収めて慰撫していることとは無関係に、向けられる眼差しは強すぎるほどに強く、ひたと啓介を見つめてくる。
──何か、やっぱ、オトコだよな………
啓介はふと、そう感じた。
情欲に濡れた瞳で、けれど媚びない。それどころか、押し倒したいと言い出してもおかしくない目で、拓海は啓介を見る。
男同士であること。だからといって、触れ合いへの違和感は感じない。こと情事に関しては、小気味いいとさえ思う。
男同士だから、わかりやすい。快楽のツボなんて一目瞭然だ。やろうと思えば、一発で拓海を黙らせることだってできる。
──でもな、最終的には、主導権はオレになくちゃいけねえんだよ………。お前を支配する権利が、今はオレにあるように、な。
張り詰めたモノの先端を集中的に嬲ると、拓海の口から苦しそうな喘ぎが漏れ、顔が歪む。
それを満足げに眺めながら、思考回路が切れかける間際で、啓介はそんなことを思った。
互いに等しく、快楽の極み寸前まで押し上げる。
啓介に向ける拓海の視線が、情欲の火を灯しつつも鋭くなっていた。快感を追い掛けていても、目だけはしっかりと啓介を見据えてくる。
啓介は、押し寄せてくる愉悦の波を何とか耐えながら、その瞳を強く見返した。
思考回路はもう焼き切れ、形を無くしている。
イきそうだ、なんてすぐにわかった。
我慢できずに声が漏れる。息が段々荒くなる。
硬く勃起した形からも、先端から流れ出る液量からも、何より、激しくなった手の動きが証明している。
「あ…ッ、も、………」
「………く、ゥッ…」
呻いたと同時に、ビクリ、と大きく体を震わせたのはどちらが先か。
頭は真っ白になっていたから、わからない。
ただ、余韻でビクビク震える互いの体を余所に、手や腹に撒き散らした液が火傷しそうに熱くて──たまらなかった。
.....続く
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