刹那のX'mas 

2001.12.24.up

side Takumi

 クリスマスなんか、関係ねえよ。
 
 そう思ってみても、視界に入る景色を無視することはできなかった。
 キラキラ光る色とりどりのライトや、様々な形をしたオーナメントで綺麗に飾られたツリーを眺めると、拓海は無性に虚しくなってくる。
 クリスマス行事は、自分には無縁だった。
 物心ついた幼いときから、今でも、それは変わらない。
 大体、自分はクリスチャンじゃないから。
 万一、敬虔なクリスチャンなら、その日にパーティーをするにしても夜のクリスマスミサにあずかった後だろう。
 神様の存在なんて、自分は信じちゃいない。だけど、クリスマスの日、神の降誕を祝う意味もなしにあんなふうに着飾って恋人や友人達と美味しい食事を楽しみ、プレゼント交換なんかする、なんて。
 絶対、おかしすぎる。
 
 そんなことを考えれば考えるほど、心がどんどんささくれ立っていく自分に、拓海は嫌気が差した。
 ………そう、これは、単なる八つ当たりだ。
 周りがとても幸せそうに見えるから。親しい人と一緒にいられて、明るく笑って楽しく過ごしているから。
 …だから、そういう人達に、自分は嫉妬している。
 わかってはいても、その淋しさから逃れられなかった。やっぱりどこを見ても、誰もが幸せを満喫しているような笑顔を振りまいていて。

 こんなこと、誰かと比較するものじゃない。そんな行事、本来の自分には関係ない。日々の過ごし方は、人それぞれなんだから。
 わかっているのに、一人で夜を過ごす自分が、何だかとても惨めに思えた。
 急に風が冷たく思えてきて、ポケットに手を突っ込み、白い息を吐きながら家路を急ぐ。
 ふと視線を上げれば、巨大なクリスマスツリーが目の前にあった。
 やっぱりそれも、カラフルなライトが付けられて点滅し、金や銀の装飾がふんだんになされていた。
 ずっと見ていると、余計に虚しさが心の中で増長してきて、拓海は思わずツリーから目を逸らし、足早にその脇を通り過ぎた。
 
 こんなつまらないことを考えてしまう自分が、ものすごく情けなかった。
 
 

 そういう行事には、自分は疎い方だと思う。
 彼もまた、興味がなさそうだった。特にイベント事は、嫌いみたいだった。
 だから、何も言わなかったし、誘わなかった。
 予定すら、聞かなかった。
 だけど、こんな思いをするなら、せめて予定だけでも聞けばよかったと、今更ながらに思っている。
 自分は夜ならいつでも予定が空いていて、逆に彼は何かと忙しそうだったから、多分今からだと、彼の方が都合がつかないだろう。
 いずれにしても、もう遅すぎる。
 会えないことも全部自分のせいなのだから、不満の向け所がない。
 
 ──会えないってわかってると、余計、会いたくなるんだよな………
 
 だが、望んでも無駄なことなのだ。何もしなかった自分が悪い。
 思わず漏れた、深くて長い溜息が、白く白く空気を濁らせる。
 未練は尽きないけれど、取りあえず心の中で折り合いを付けて諦め、てくてくと家までの道のりを歩いていく。
 すると、続く道の先に、クルマが止まっているのが見えた。
 丁度、自分の家の前辺りに、覚えのある車種とその色。
 まさか、と思わず足を早めると、近付くにつれ、それが見間違いでないことに気付く。
 目を見開く自分をよそに、運転席側のドアが開く。
 そのクルマから降り立ったのは、自分が会いたいと願っていた人だった。
 
 

//Selection//
 ・啓介version
 ・涼介version









■ 啓介version ■

「啓介さん………」
 
 呆然と呟く拓海に、よう、と啓介はぶっきらぼうな短い挨拶をする。
 そのまま何も言わず、けれど何か言いたそうな表情で突っ立っている啓介に、拓海は小さく訊ねた。
「…何でここに…?」
 すると、少しムッとした顔をして、啓介はプイとそっぽを向いた。
 だが、何も言う気配はない。
 それでも拓海が黙って啓介の返事を待っていると、暫くして、ポツリと言った。
「………さあ…何でかな…」
 白い息が、寒さを忘れさせてはくれない。
 凍えそうに冷たい空気のせいで、鼻や耳が痛かった。
 啓介も、自分と同じように冷たいんだろうか、と、拓海はポケットに入れっぱなしだった手を出し、そっと啓介の頬へと差し伸べた。
 掌が触れる瞬間、ピクリと彼の頬の筋肉が、少しだけ震えた。
「…藤原」
 驚いた表情で、啓介は拓海を見つめてくる。けれど、その瞳に拒絶の光は宿ってはいない。
「………ほっぺた、冷たくなってますね…」
 拓海がそう言うと、啓介は軽くプッと噴き出して、相好を崩した。
「…冷たいとかあったかいとか、わかんのかよ…その手で。お前の手の方が、よっぽど冷たいぜ」
 微笑む啓介がやけに優しく見えて、拓海は彼の体を抱き締めた。
 抗うことなく腕の中にいてくれる啓介に、嬉しくなって、思わず回した腕に少し力を込める。
 それでも、抗議の声は上がらなかった。
「じゃあ、…ずっとこうしてたら、あったかくなりますかね………?」
「バーカ。なるわけねえだろ? いつまで経っても寒いまんまだろうよ………」
 口は悪いが、口調は優しい。
 そして、同じように自分の背中に腕を回してくれる彼のぬくもりを感じながら、拓海はそっと目を閉じた。
 わざわざ会いに来てくれた啓介に、ありがとう、と心の中で呟きながら。
 
 会えて嬉しいから、体は寒くても、心はあったかいですよ?
 
 …なんて。
 ガラにもないことさえ、思っていた。


                           -end-


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■ 涼介version ■

「涼介さん………」
 
 呆然と呟く拓海に、涼介は淡く微笑む。
 彼の姿をこんな近くで目の当たりにしても、まるで現実味がなかった。
「本当に、本物の、涼介さん…?」
 夢見心地で繰り返して言うと、涼介の微笑みは苦笑に変わった。
「何だ? …まるでお化けでも見るような顔して」
「そ、そんなコトっ」
 ──お化けなんて、とんでもないっ!
 と、必死の思いで首をブンブン横に振る拓海に、涼介は声を立てて笑った。
 笑い終えるのを待って、拓海は彼に、怖ず怖ずと話し掛ける。
「…あの、でも…どうして…──」
 どうして、ここに涼介がいるのか。
 問わなくても、答えは一目瞭然。
 ここは拓海の家の前なのだから、拓海に会いに来たに決まっているのだ。
 用件まではわからないが、それでも、拓海と話をするために来たことは確かだ。
 しかも、プロジェクトDの連絡等のためにと拓海の自宅の住所等は知らせてあったが、ここに涼介が来たことは、今まで一度もない。
 ということは余程のことなんじゃないのか、と思い至り、拓海は質問し直した。
「いや、そーじゃなくて、その…。オレに何か急ぎの用事とか、ですか?」
 そう訊ねると、涼介は微妙に表情を変えた。
 ヒュウ、と吹き荒ぶ風の冷たさが、より一層その端正な顔を凍てつかせているようだった。
「──…来ちゃいけなかったか…?」
「え…?」
「用がなかったら、来たらダメなのか………?」
 風の音に消えてしまいそうほど小さな声でそう言って微笑む涼介の顔は、少し寂しそうだった。
 だが、一瞬後にはそんな表情を完全に消し去り、涼介は口調を変えて、軽く肩を竦めた。
「何となく、来てみただけさ。…ちょっとした、気分転換。狙い通り、藤原の驚いた顔が見られたしな…満足した」
 ニッと意地の悪い笑みを向け、じゃあ、とあっさり背を向けて、涼介はFCに乗ろうとする。
 本気で帰ろうとしている涼介に意表を突かれたが、我に返った拓海は、それこそ真剣に焦って彼を引き留めた。
「涼介さん、オレ………っ」
 長身の彼の背を、行かせないとばかりに己の方へと抱き寄せた。強く、離さないというかのように。
 そうして背後からきつく拘束して、拓海はやっと、顔を見合わせていたら言えない言葉を口にした。
「…オレに、会いに来てくれたんですよね…? オレ…、すげー嬉しい………。涼介さんに会いたいって、今日…ずっと思ってたんです…。だから、もう少しだけ………一緒にいて、ください………」
 見当違いの考えをして涼介を悲しませた自分の不甲斐なさを恥じながら、祈るように囁く。
 すると、僅かに強張っていた涼介の体から、フッと力が抜けたのがわかった。
「………藤原。そういうことは、次からは、ちゃんとオレの顔を見て言うように。…いいな?」
 ペナルティだからな、と振り向きながら言う彼の声は、穏やかで優しかった。
 そして、彼の腰に回した拓海の手に、そっと涼介の手が重ねられた。


                           -end-




終     

   

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